第4章 信じるものは

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「……っ。あなたは、馬鹿だ。こんなにも酷いことをしている私に、あなたの自由を奪っている私に、あなたを傍に置いておく資格などない私に、どうしてそんなことが言える……?」  ――傍に、置いておく資格などない。それは、先ほどのディオンさまのお言葉を、気になさって。それでそう、仰っているの?  触れ合った手は絡めずに、セレーネはテオドールの背に、テオドールはセレーネの頬に。  すがっているのはセレーネなのか、それともテオドールの方なのか。いいや、きっと、二人ともなのであろう。  あまり回っていない頭で彼の手にキスを落としたセレーネは、ふわっと花のように微笑んだ。 「テオドールさまのことが、好き……」  テオドールの目が、真ん丸に見開かれる。 「テオドールさまのことが、好きなんです」  そう言葉を紡げたのはきっと、この身を狂わせている媚薬のせいなのだろう。だって、そうでなければ理性が邪魔をして、言えていなかったのだから。 「今、なんて言ったんだ……?」  茫然とした口調で訊ねられ、セレーネは困ったようにまた言葉を紡いだ。 「好きです、テオドールさま。ずっとずっと私は、テオドールさまのことをお慕いしておりました」  この気持ちは、届くだろうか。  頬に触れていたテオドールの手が小刻みに震えていることに気がつき、その手を辿るようにして見上げたセレーネは、彼の心が泣いているような気がして、励ますように背中を撫でた。  そしてぎゅっと抱き締めた途端に、自分の力以上の力できつく抱き返され、セレーネは苦しさに身をよじる。だが、決して離れようとはしなかった。  ふわりと柔らかな微笑みを向け、セレーネは穏やかな瞳にテオドールを映す。 「私はそんな言葉、望んでいない」 「はい、テオドールさま」 「私は、あなたに愛されるような人間ではない」 「……はい、テオドールさま」 「私は、幸せになってはいけないんだ」  声が、震えている。彼はなにを抱えているのだろうか。だがそんなことは、どうでもいい。  蕩けきっている頭でろくに考えられるはずもなく、セレーネは思ったことをそのまま、口に出すだけだ。
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