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ぴんと伸びた背筋に、戦場から帰って来たばかりだとは思えない、テオドールの落ち着きよう。
何事もなかったかのように顔色一つ変えない彼の、精悍で凛々しく、神々しい風格に、息が止まりそうだ。
「本当に、感謝しておりますわ」
また頭を下げ、深々と感謝の気持ちを伝える。
「……あなたはそうやって、私に媚びを売るつもりか?」
突然、テオドールから発される空気が重く冷たく鋭いものに変わった。
なにか気に障るようなことでもしてしまったのだろうか。
恐る恐る頭を上げたセレーネは、絶対零度の瞳に自分を映すテオドールに、身を縮みあがらせた。
「あなたが私に感謝など、笑える」
くいっと顎を持ち上げられ、セレーネは思わず訊ねてしまう。
「何故、そのようにおっしゃるのですか……? 私はただ、恩人であるあなたにお礼を」
「恩人……? 私は恩人などではない。あなたを手に入れるために行っただけで、礼を言われる筋合いなどないし、そうやって無垢な顔で礼を言えば逃がしてもらえるとでも思ったのか……?」
「ち、違いますわ。そんなつもりで、言ったわけでは……」
凄みのある瞳で睨まれ、低い声で唸られると怯えてしまい、セレーネは身体を震わせた。
怖い、怖い。よく見ればテオドールの目元に隈があり、それがさらに恐ろしく感じさせて、セレーネはひっと悲鳴を上げそうになった。
今否定したところで信じてもらえそうにないし、ますます状況が悪くなるだけだろう。
「…………」
切なげに眉をひそめ俯いたセレーネに、テオドールが苛立ったように息を吐く。
そして、彼は胸元から書面を取り出した。
それは、セレーネの父。つまりアステル王国の国王からの書面で、テオドールとの結婚を了承したことが分かる内容のものであった。
「あなたはこれで逃げられない。どんなに嫌であろうともな」
逃げるつもりなど当然、はじめからない。
しかし、テオドールはそうは思ってくれていないらしい。
さまざまな思いから拳を握り締めたセレーネに、やはり逃げるつもりだったのかと、テオドールは眉間に皺を寄せた。
空気が凍りつくとは、こういうことを言うのだろう。
「あ……わ、私……っ」
「はっ、そんなに嫌か。だが、あなたを離してやるつもりはない」
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