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「その方々は、テオドールさまを失脚させようとした“だけ”なのですか……?」
彼の瞳が、驚きではなく感心から僅かに丸くされる。
「テオドールさまは以前おっしゃってましたよね? 自分の身が狙われることには慣れている、と。それは、その方々にずっと、ずっと……」
テオドールの目が細められた。これは肯定の意なのだろう。
さすがに上半身を起こしたセレーネは、少しだけつきりと痛む腰に顔を歪ませるも背筋を伸ばし、テオドールの顔をじっと見る。
「……私が帝位を継いだ経緯は知っているか?」
「はい、その、前皇帝陛下が亡くなられてテオドールさまが皇帝に、と」
「そうか。……そうだな、そこから話そうか――」
じわりと腰に熱が伝わる。労わってくれているのか、ゆるゆるとさすってくれて楽になった。
テオドールの顔は今、哀愁に満ちている。
今から話してくれることは皇帝としてではないからか、いつもセレーネが見ている怖くないテオドールのもので、無条件に安堵したらしい身体は少しやわらかくなった。
「父上はある日突然亡くなられた。……重い病を患っていたらしい。だが、私はそのことに全く気づいていなかった。いや、そもそも……気づきようがなかったんだ」
テオドールは決してセレーネの顔を見ないし、今の顔を見せようとしない。
横顔しか見られない状態であり、テオドールの表情が気になってしまうが、わざわざ動いて見るのは無粋というものだ。
「父上は母上が亡くなってからというもの、国庫を食い潰し目も当てられないくらいに堕落していった。そして、首が回らなくなった頃この私に、国土を広げるようにと命を下したんだ。……あなたに会えなくなってから二年後のことで、私はまだ十四だった」
その歳で死地に向かわされた当時のテオドールの恐怖と過酷さは、とても計り知れるものではない。
穏やかで優しかった彼があまり笑わなくなったのは、冷たい瞳を浮かべるようになったのは、このせいである。
そんな凄惨な運命を与えられたなど知らず、セレーネは思わずテオドールの膝の上に手を置いた。
彼の中できっとその記憶は忌むものであり、思い出したくないものであるだろう。
「ごめん、なさい。あの、テオドールさま、もう……」
「いいや、あなたには知っていてほしい。そして、決めればいい」
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