第1章 祖国のために

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 本音と、相手への気遣いの言葉。  切れ長な彼の目が微かに開かれ、セレーネはおずおずと見上げてしまう。 「そんなことでいいのか……? いや、そうか……あなたは、そういうひとだった」  ふと穏やかな笑みを浮かべたテオドールが、帰ってきたままだった格好を着替えるべくベッドから降りた。  そして、セレーネがなんとなくその姿を目で追ってしまったからだろう。  送ってしまったその視線に気づいたらしいテオドールが、ゆっくりと振り返った。 「実を言うとほとんど徹夜だったから、あなたのその言葉はとても助かる」  条件を、と言われたからとて無理やりなかたちで娶ったものだから、セレーネに逃げられてしまっているのではと、気が気ではなかったテオドール。  だから彼は、一日も休まずに帰ってきていたのだ。  緊張がなくなった途端に立っているのもつらいくらいに眠たくなったようで、テオドールは寝室にあるクローゼットを開け、漆黒の寝衣を取り出した。 「そのまま見ていてもいいが、あなたは思ったよりも積極的な女性のようだ」 「ち、違いますわ……! あ、あの、その、ええと……」  耳まで真っ赤にして顔を逸らしたセレーネは、さっさと着替えて近づいてきたテオドールの指が服の腰紐にかかり、驚いてしまう。  かわいい、とでも言うように甘い瞳で見られ、セレーネはエメラルドの瞳を大きくした。  ――きっと今のは見間違いですわ。だって、テオドールさまは私のことなんて……  落ちてしまいそうな視線を必死に堪え、セレーネはテオドールの腕に触れる。 「寝るのにその服装では窮屈だろう……? 大丈夫だ、抱きはしない。それに、初夜まであなたは純潔でいなければならないから、安心するといい」  言い終わるや否や制止の手もむなしく手際よく下着にさせられ、恥ずかしくて布団に潜り込むセレーネ。  そんな自分に続いてテオドールも布団に潜ってきて、彼に抱き締められたかと思えば小さく息を吐き出される。  そして、悪寒の走る低い声音でこう告げられた。 「私から逃げようとは考えるな。……逃げれば不敬とみなし、あなたの祖国を潰す」 「……っ!」
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