第1章 祖国のために

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「……いや、その女がどうしてもあなたのもとに行きたいと言って聞かなかっただけで、私はそれを受け入れただけだ」 「それでもとても嬉しいですわ。ああ、本当にありがとうございます」  心底嬉しそうに言うセレーネにテオドールは困ったと視線を逸らし、ぶっきらぼうに吐き捨てる。 「さきも言ったが、その女が望んだことで礼を言われる筋合いはない。では、私は行く。湯浴みに時間がかかるから、ゆっくりと会話を楽しめばいい」  言い終わるや否や自分以外の人物に瞳を輝かせ話そうとしているセレーネに、テオドールはムッと唇を尖らせた。  だがその顔を見られたくないと思ったのか、彼はそそくさと部屋をあとにする。  すると先ほどまで凛としていたエレナが突然走りだし、驚いているセレーネに抱きついて肩を震わせた。 「姫さま……ああ、ご無事でなによりです」 「エレナ……ありがとう。ごめんなさい、勝手に出ていってしまって」  テオドールに助けを。  そう思ったのは彼女の話を聞いたからであり、だからこそ自分のせいだとエレナは思っているらしく、セレーネは潤んだ瞳を向けられた。 「本当に心配したのですよ……! まったく、姫さまはたまに驚くくらい無鉄砲で肝を冷やされます! 何故お一人でいかれたのです!? 私がおりますのに、何故……。国王陛下も溺愛していた姫さまを手離さなければならなくて、とても嘆いておられました」  ――父上……。ああ、父上、母上、兄上……  息を巻き次から次へと話していく彼女にセレーネは視線を落とし、さよならも言えなかった両親・兄弟に胸を痛めた。  目の前にいるエレナのメイド服は、アステル王国のものとは異なっており、じわりじわりと現実が染み込んできて、セレーネは黙ってしまう。  あまりにも呆気ない終戦に現実味がなく、どこか夢見心地でふんわりとしていた。  だが、彼女に会い彼女の声を聞いていると、あの夜国を抜け出した時に見た凄惨な争いの犠牲者を思いだし、勝手に指先が戦慄いてしまった。    無造作に横たわっていた沢山の屍。  血の鉄臭さや、肉を焼き(ただ)れる胃をひっくり返えされそうになった悪臭が鼻を掠めた気がして、セレーネの顔が色を失っていく。 「姫さま……?」
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