第1章 祖国のために

14/15
前へ
/154ページ
次へ
 テオドールの名を出した瞬間に眉を険しく寄せたエレナに、セレーネは目を(しばたた)かせた。  なにかまずいことを言ってしまっただろうか。  叱られた子供と変わらない表情を浮かべたセレーネは、しまったと深々と頭を下げたエレナに動揺する。 「姫さまに怒っているわけではありません。ただ……いいえ、やはりなんでもありません」 「そう……ですか。ねえ、エレナ。なにか言いたいことがあったりしたら、遠慮なく言ってね。あなたは唯一私が気兼ねなく話せる友人なのですから」  ふわりと微笑み頷いたエレナを空気で感じ取り安堵したセレーネは、テオドールが戻ってくる間昔話を彼女として楽しみ時間を潰す。  そうして戻ってきたテオドールと入れ替わり湯浴みをして身支度を整え、終えればすぐにテオドールのエスコートで庭園へと足を運んだ。 ◆◇◆◇◆ 「綺麗……」  ピンクとホワイトで統一されたとても美しいローズガーデン。  女神が住まう花園のようで、セレーネは思わず感嘆の声を漏らした。  いくつにも連なるアーチに絡みつく蔓薔薇の愛らしさや、切り揃えられ白鳥の形になっているホワイトローズの芸術的な佇まい。  そして、豪華な装飾を施された噴水まであって、心が躍った。 「あなたは昔から、薔薇が好きだな」  頬を綻ばせていたからか柔らかな声音で言われ、セレーネは高鳴ってしまった胸を隠すように、少しテオドールから距離を取る。  するとあからさまに不愉快そうな顔を向けられ、直ぐに手を引っ張られた。 「ここは衛兵が守護しているから安全だとは思うが、あまり私から離れるな。……それと、あなたにそうあからさまに距離を取られると腹が立つ」  鋭利な視線は恐ろしく、セレーネは思わず不安から自分の胸元に手を持ってゆき、怯えた瞳でテオドールを見た。 「あなたは私を怖がってばかりだな。そんなに私が恐ろしいか……?」 「あっ、いえ、そういうわけではありませんわ」 「まあいい。私はあなたを責めるためにここへ連れてきたわけではないのだから、目を瞑ろう」  そう言って晴れ渡った空を見上げたテオドールに、セレーネはなんと話しかけたらよいのだろうかと、困ってしまう。  昔のように話せたらよいのだが、長く会えていなかったせいでどんな会話をしたらいいのか分からない。
/154ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4988人が本棚に入れています
本棚に追加