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彼の言う通り、クラウディウス帝国は高い軍事力を誇っており、右に出る国はない。
騎士たちの統率・育成はすみずみまで行き届き、軍師の教育にも手を抜かないからか、この国には鬼才と呼ばれるものたちが大勢いる。
そして、この帝国を治める氷の皇帝、テオドール・ラリス・クラウディウスが指揮をとれば大国であろうとも、一週間もかからず滅ぼせると言われていた。
「……っ。我が国は貴国のすぐそば。そこを侵略されても貴国は構わないと、そうおっしゃるのですか?」
テオドールの口許に、冷たい笑みが刻まれる。これは無言の肯定だ。
ぎゅっと胸が締め付けられ、セレーネはエメラルドの瞳に涙を浮かべる。
泣いてはいけない、泣いてはいけないと必死な思いで彼を見つめ、セレーネは息を吸った。
――クラウディウス帝国にとって得はなにもないと、初めから分かっていたわ。だけど、テオドールさまならばなんとかしてくださるんじゃないかって……
なんて醜く自分勝手な考えなのだろうか。
切なげに眉をひそめたセレーネは、これが最後だと瞼をおろし、そしてまた強い瞳で彼を見やる。
「お願いします、皇帝陛下。私にできることであればなんだっていたしますわ。だから、どうか……どうか私に条件をくださいませ。せ、誠心誠意、お応えいたします。ですからどうか……」
光り輝くセレーネの髪を一房テオドールが掴み、そっと口づけ目を細める。
指の間からこぼれ落ちるセレーネの髪を見下ろす彼が、不意に口角を上げた。
そしてテオドールの冷たい瞳になにか熱いものが混ざったような気がして、セレーネはいけないと首を横に振る。
胸が、甘く高鳴ってしまったのだ。
――駄目よ、駄目。この気持ちは、絶対に駄目。
抑えないと。そんな思いから身を固くしたセレーネに、テオドールが静かに告げた。
「あなたが私の妻になる、というが条件だ」
冷たい声が、セレーネの鼓膜を震わせる。
確かに自分ができることならばなんでもすると、条件をくれとは言ったけれど、まさかそう言われるとは思っておらず、セレーネはきょとんとした。
「私はあなたが欲しい。月の女神と謳われるあなたを手に入れられるのであれば、私は貴国に力を貸そう」
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