第4章 信じるものは

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 スプリングが、ギシリと鳴る。ディオンは狩りを楽しむ肉食獣のように、寝台の端に逃げているセレーネへと、じっくり、確実に距離をつめていった。 「ここはどこ、とおっしゃいましたね。ここはメルクーリ家しか知らない隠れ家。ですから、誰も気づきはしません。……さあ、セレーネさま。あなたは囚われていないと、酷い扱いをされてはいないと言いましたが、本当にそうなのでしょうか?」  危険で甘美な誘いのように、彼の瞳が妖艶に光る。  ここは隠れ家。そう言われると逃げれはしないという現実を突き付けられたような気分になり、じわりと目頭が熱くなった。  テオドールの顔が脳裏に浮かび、助けて欲しいとすがりつきそうになる自分が、滑稽でならない。 「あなたはなにを、おっしゃいたいのですか?」  ふと、彼の口の端が呆れたように持ち上げられ、セレーネは緊張から喉を上下させる。 「ああ、おかわいそうなセレーネさま。お気づきになられていないのですか? あなたはずっとずっと、苦しそうなお顔をなされていたんですよ。私はね、あなたが国民に披露された日から、あなたを見ていたからわかるんです。この間あなたが街に出た日も遠くから見ていて、本当に、すぐにでもあなたを救いだしたくて、堪らなかったんですよ」  花園の時に感じた視線は、彼のもの。  そうはっきり分かった瞬間に血の気が引き、セレーネは叫びだしたい気持ちで一杯になった。  一言も会話をしていない、まったく自分からしたら知らない人物にずっと見られ続けていたのかと思うと、恐怖によって表情が凍りついてしまう。 「わ、私はあなたのことなんて知りません。それに、私が苦しそうな顔をしていたからといってあなたには関係ありませんし、私はテオドールさまのお傍にいたいんです。なので、早く帰してください……!」 「嫌ですよ。そんな言葉はきっと、あなたの本心じゃない」 「本心です。私の心を、勝手に――」 「ああ、そう強がらなくてもいいんですよ。私が一生あなたを守ってあげますから」  微笑まれ、頬に触れられ、セレーネは大袈裟なまでにも肩を跳ねさせた。この人は狂っていると、そう思った。 「私の父は、今は官僚ではないとて宮廷内の人間と関わりがあるんです。ですから様々な情報が入ってくるというわけでして……。そこでね、とても興味深い話を耳にしたそうですよ」
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