最後の音色

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「和香子。この音色が聴こえるかい?」 ぜんまいを回したオルゴールの小箱を、妻の枕元へそっと置いた。 蓋を開けると、金色に輝くシリンダーがゆっくりと回転を始め、埋め込まれたピンが次々と櫛歯を弾きだす。 控えめで優しい金属音が産声を上げ、それは二人で訪れたスイスの時計塔から心地良く響き渡るカリヨンを彷彿とさせた。 僕と君の心に、小さく囁くように届けられる愛の讃歌。 すると、妻がふっと笑みをこぼしたように見えて、僕の瞼を熱くさせる。 滲み出した視界に静かに別れを告げ、妻のやせ細った左手を握った。 温かな音色は僕の意識を、遠く昔の若きあの日へと運んでいく・・・・・・ーー
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