最後の音色

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北の地の開拓を支えた港湾都市に、今もゆったりと流れゆく運河。 時代の象徴である石造りの倉庫が、その運河沿いに立ち並ぶ。 賑わう街はどこか異国の情緒が溢れていた。 デコラティブな装飾でアーチを描く窓、積み重ねられた石の壁。重々しい鉄の扉は深い色に変色し、長い時の流れを感じさせてくれる。 そんな北の街で、僕らは愛を育んだ。 「オルゴールにしましょうよ。私、あの音色が好きなの」 交際の記念日に、君の提案でオルゴールを買い求めた。 明治の佇まいをそのまま残す煉瓦造りのオルゴール堂。 吹き抜けの天井から幾つも吊り下げられた硝子のランプシェードを通して、懐かしく暖かな光が店内を照らしだす。 君は少女のように瞳を輝かせながら、淡く美しい色の硝子細工に感嘆の吐息をもらしたり、可愛らしい装飾が施されたオルゴールを手に取り、その音色に耳を傾けていた。 「ねえ、孝幸さん。プレートに二人の名前と記念日を刻むのはどう?ロマンティックすぎるかしら」 「そんなことないさ。その方が思い出になるだろう」 嬉しそうに頬を染め、はにかむ君。 僕は繋いだ手の、少し冷たい君の指先を温めるように撫でた。
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