最後の音色

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この後の展開が君の期待に応えられないことを知っている僕は、苦笑しながら続きを語る。 「工房を見せてもらって、すぐに諦めてしまった。シリンダーにピンを打ち込む角度だとか、鉄の櫛歯を一から作り調律する技術は、僕の想像を遥かに上回るものだったんだ。不器用な僕に出来るのは、ぜんまいを巻いて職人たちの技術が詰まった小さなメロディに耳を傾けることだけさ」 「そうだったのね。でもいい経験じゃない」 君は残念そうな、というよりも美しい音色のオルゴールに隠された側面を垣間見たといった表情だった。 コーヒーを一口啜ると、ふと思い出したことがあり「知っているかい?」と問いかけた。 「オルゴールの偉大な欠点の話さ」 「なに?教えて?」 「蓄音機の発明で、オルゴールの欠点が目立ってしまったんだ。箱の中にあり、ぜんまい一つで動かすこと。小さな音で同じフレーズを繰り返すだけ。段々ゆっくりと遅くなっていくメロディ。そして、最後には止まってしまう」 君は頷きながら、横に置いてある硝子のオルゴールを手提げ袋越しにそっと撫でた。 「だけどね。やがて気がついたんだ。その欠点も裏を返せばオルゴールの優れた特性なんだと」 「同感だわ」 「職人たちの優れた技術とオルゴールの魅力を伝えたいという熱意ある人々のおかげで、今もこうして僕たちは素敵な音色を聴くことが出来るんだ」
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