最後の音色

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翌年の初冬。 僕は雪がちらちらと舞う夜、君を待っていた。 舞い落ちる花びらのような結晶は、夜色に染まった運河に浮かぶとすぐに溶けていく。 ガス灯には、ぼんやりとまるく滲む温かい明かりが灯されていて、この街の幻想的な風景を静かに映し出していた。 「孝幸さん」 君は肩に羽織ったストールを揺らしながら、白い息を弾ませて僕に声をかけた。 息が整うのを待つ間、僕も高鳴る鼓動を落ち着かせることに必死だった。 「和香子」 改まって君の名を呼ぶ僕を不思議そうに見つめる君。 僕はコートのポケットから小箱を取り出した。 楕円の深い紅色の箱。 縁にはさり気ない金の装飾が施された、アンチモニーオルゴール。 「これからもずっと、僕の隣で君の音色を聴かせてほしい。結婚しよう、和香子」 はっと息をのみ唇を開きかける君の前で、重みのあるオルゴールの蓋を開く。 小さく優しい金属音が奏でるのは、愛の讃歌。 「ああ・・・・・・孝幸さん」 小箱の中に収められたリングピロー。 君の瞳には、淡い純白の艶やかな輝きが映っている。 「はい・・・・・・。ずっと、一緒に・・・・・・。私もあなたの音を聴いていきたい」 繰り返し響く、愛の旋律。 潤んだ君の瞳から溢れ落ちた涙は、まるで宝石のように輝いていた・・・・・・ーー
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