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第一章 着任前夜
午後十時。俺はBar『High & Low』にいた。今夜三回目の、冷えたビールの一口目の余韻に浸る。
「で? 本題は? あ、俺同じのもう一杯」
侑はワインを飲み干し、聞いた。三年前、京都に行く前日も、この店で侑と飲んだ。侑とは高校時代からの親友で、専攻は違ったが、同じ大学にも通った。いつか一緒に仕事がしたい、と入社試験を一社も受けさせずに内定を出し、侑をいずれ俺のものとなる今の会社に引っ張り込んだ。入社してからはたまに一緒に飲む程度だったが、定期的な連絡は取り続けていた。
「本題?」
俺は侑の質問に質問で返した。
「改まって話がある時、お前はビールしか飲まないからな。酔う前に話しておきたいことがあるんだろ?」
「ああ……」
お見通しか……。
俺はグラスを置いて、話を切り出した。
「『情報屋』って知ってるか?」
「ああ、本社の情報を売買してる奴がいるって――。あれか?」
「そう。前々から噂では聞いていたんだが、都市伝説というかどこにでもある七不思議程度に考えていたんだよ。売買されている情報の詳細もわからないし、注視するほどのことではないと思ってたんだが……」
「お前が戻ってきたのはそれを探るためか?」
侑はバーテンダーから差し出されたワイングラスに口をつけた。
「ああ。極秘だが、グループに大規模な改革計画があってさ。些細な不安も解消しておきたい」
「なるほど。内部に、しかも上層部に社内の情報を売買してる人間がいるなんてことになれば、足元をすくわれかねないってことか」
「ああ。調べて、噂の域を出ないのなら放っておくつもりだったんだが、そうもいかなくなってな」
「何か掴めたか」
「いや、確証は掴めない。だからこそ放っておけなくなった」
俺はグラスの横に置かれたナッツの皿に手を伸ばした。カシューナッツを一粒口に放り込む。
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