第十章 本能のままに

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 お風呂から出ると、蒼が電話を終えたところだった。 「咲、父さんが昼飯を一緒に食おうって。咲のお父さんも一緒に」 「ん……。着替えに帰る時間ある?」 「ああ」  私と蒼は同じタクシーに乗った。私のマンションに着くまで、蒼は私の手を握って離さなかった。 『用事を済ませてから行くから』と蒼からメッセージが届いて、私は一人でお店に行った。  以前、おじさまと充さんと来た料亭。 「咲、一人か?」  案内された部屋には、おじさまとお父さんの他に、和泉さんと充さん、真がいた。 「蒼は?」 「用事を済ませて来るそうです」  私はお父さんと真の間に座った。お父さんは今日、一度札幌に帰ることになっている。 「咲、蒼にはネタばらししたのか?」と、充さんが聞いた。 「しましたよ」 「蒼、怒ってた?」と、和泉さん。 「それほどでもないと思います」  部屋の襖が開いて、蒼が顔を出した。 「兄さんたちも来てたの?」  蒼は和泉さんと充さんの間に座った。すぐに、ビールと料理が運ばれてきた。 「蒼の会長後任決定を祝して、乾杯」  音頭を取ったのは、和泉さんだった。  和泉さんと充さんはいつになくご機嫌で、やけに蒼に絡んでいた。 「やっぱり……騙されたとしか思えないんだけど……」  蒼が和泉さんに言った。 「人聞き悪いね?」 「昨日から言ってますよ」 「俺が咲を告発でもしてたらどうしてたんだよ?」 「それはないな」と言いながら、充さんが二杯目のビールを手酌した。
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