第十章 本能のままに

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「なんで私より先にお父さんなの?」 「えっ?」と、蒼が不思議そうな顔をした。 「なんで私にプロポーズするより先に、お父さんの許可をもらうのよ!」 「はっ?」 「『はっ?』じゃない!」 「ちょっと待て、指輪渡しただろ」 「なんて言って渡してくれたか、忘れたの?」  そう。 『咲が、俺が贈った指輪をはめていてくれるなら、虫よけでも、誕生日プレゼントでも、婚約指輪でも、なんでもいい』  蒼はあの指輪を『婚約指輪』としてプレゼントしてくれたわけじゃない。ましてや、『結婚しよう』と言われたことは一度もない。  って言うか、指輪をプレゼントするのに『なんでもいい』って……!  蒼も気がついたようで、あからさまに気まずい顔をした。 「あ……れ?」 「あーあ……」と、充さんがため息交じりに言った。 「お前、ホントにみっともないほど余裕ないな」 「蒼、焦り過ぎだよ?」と、和泉さんがクスッと笑う。 「まぁ、惚れた弱みですよね」と、真も蒼に同情の目を向けた。  顔を真っ赤にして、困った顔で私を見る蒼が、愛おしくてたまらなくなった。  どんな気持ちで……婚姻届をもらいに行ったのだろう……。 『もう、二度と離さない……』  今朝の、蒼の言葉が思い出された。蒼の顔が歪んで見える。 「あ……。ごめんっ! 咲――」  蒼が慌てて謝る。 「あーあ……。泣かしちゃった」と、充さんがまた、ため息をつく。  みんなの前で、お父さんに結婚の許しを請うなんて、すごく緊張したと思う。  蒼は大切な言葉を伝えてくれたのに、私ははぐらかしてばかりだった。それでも、蒼は私を理解して、包み込んでくれる。 「真、ペンはあるか?」  お父さんに聞かれて、真がペンを差し出した。お父さんは受け取ったペンで、婚姻届の証人欄に記入する。 「蒼くん」  書き終えると、お父さんはテーブルから少し下がって、頭を下げた。 「咲を、よろしく頼みます」  お父……さん――――。 「絶対……幸せにします!」  私は、真の肩がベッタリ濡れるほど泣いた。
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