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「なんで私より先にお父さんなの?」
「えっ?」と、蒼が不思議そうな顔をした。
「なんで私にプロポーズするより先に、お父さんの許可をもらうのよ!」
「はっ?」
「『はっ?』じゃない!」
「ちょっと待て、指輪渡しただろ」
「なんて言って渡してくれたか、忘れたの?」
そう。
『咲が、俺が贈った指輪をはめていてくれるなら、虫よけでも、誕生日プレゼントでも、婚約指輪でも、なんでもいい』
蒼はあの指輪を『婚約指輪』としてプレゼントしてくれたわけじゃない。ましてや、『結婚しよう』と言われたことは一度もない。
って言うか、指輪をプレゼントするのに『なんでもいい』って……!
蒼も気がついたようで、あからさまに気まずい顔をした。
「あ……れ?」
「あーあ……」と、充さんがため息交じりに言った。
「お前、ホントにみっともないほど余裕ないな」
「蒼、焦り過ぎだよ?」と、和泉さんがクスッと笑う。
「まぁ、惚れた弱みですよね」と、真も蒼に同情の目を向けた。
顔を真っ赤にして、困った顔で私を見る蒼が、愛おしくてたまらなくなった。
どんな気持ちで……婚姻届をもらいに行ったのだろう……。
『もう、二度と離さない……』
今朝の、蒼の言葉が思い出された。蒼の顔が歪んで見える。
「あ……。ごめんっ! 咲――」
蒼が慌てて謝る。
「あーあ……。泣かしちゃった」と、充さんがまた、ため息をつく。
みんなの前で、お父さんに結婚の許しを請うなんて、すごく緊張したと思う。
蒼は大切な言葉を伝えてくれたのに、私ははぐらかしてばかりだった。それでも、蒼は私を理解して、包み込んでくれる。
「真、ペンはあるか?」
お父さんに聞かれて、真がペンを差し出した。お父さんは受け取ったペンで、婚姻届の証人欄に記入する。
「蒼くん」
書き終えると、お父さんはテーブルから少し下がって、頭を下げた。
「咲を、よろしく頼みます」
お父……さん――――。
「絶対……幸せにします!」
私は、真の肩がベッタリ濡れるほど泣いた。
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