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第一章 興味
この女……本気で喰われたいのか?
タクシー会社に電話をして、行き先を聞こうと振り返ると、成瀬はソファに丸くなっていた。タクシーを断って、俺は成瀬の肩を揺すった。
「成瀬さん、成瀬さん!」
だめだ、ピクリとも反応しない。
数分前に自分を襲おうとした男の前で寝るか?
俺はもう一度大きくため息をついて、どうしようか考えた。
とりあえず、ベッドに運ぶ……か?
俺は成瀬の肩と膝裏に手を回し、抱き上げた。
寝室のベッドに成瀬を寝かせ、俺もベッドに腰かけた。ネクタイを外し、シャツのボタンを二つ外した。
疲れたな……。
俺は気持ち良さそうな寝息を立てる成瀬の髪にそっと触れた。次に手の甲で頬に触れた。
私の理想は、私を『メス』にしてくれる人です。
会社で彼女を見ている限り、『メス』なんて彼女に最も不似合いな表現だと思った。仕事は手際よく、ミスもない。周囲をよく見ていて気配りができるし、それでいてでしゃばることもない。ここまで隙のない女に出会ったことがなかった。それだけなら、優秀な部下って存在だったと思う。
先週末、侑から庶務課についての調査報告を受けた時、『成瀬咲についての報告は出来ない』と言われた。
『出来ないとは?』
『言葉通りだよ』
『いや、意味が分かんねぇ』
『察してくれ』
それだけ言って、侑は電話を切った。
出来ない、ってことは、圧力か?
でも、庶務課の女子社員に関する情報で圧力なんて……。
俺はますます成瀬咲に興味を持った。職場での完璧な彼女を見ていると、その彼女が乱れる様を見てみたいと思うことがあった。
惚れた男の前でも、ベッドの中でも、そんなに冷静で完璧なのか――。
乱れる彼女を見るチャンスが訪れたのに、手が出せなかった。
さすがに……『へたくそ』なんて言われたら立ち直れないな。
いや、それよりも思い出してももらえない『記憶だけの男』の方が嫌だな。
そんなことを考えているうちに、俺もベッドに倒れこんだ――。
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