「あれ」

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 部屋に「あれが」出てくるようになって、一週間。  最初は黒いゴミか、服の繊維が絡まっておちたものだと思っていた。  ほんとうにちいさい、足の小指にはえた爪ぐらいちいさい、黒い丸い玉だった。ころころ、ころころとそいつは仲間を作り、バッグやベッドのなか、あるときは財布にまで入ってきた。  つぶすと、タバコの吸い殻を水浸しにしたような、もわっと鼻につくにおいがした。  思い切って、掃除機をかけてみた。  ボーナスで買った、最新式サイクロン掃除機。吸引力も強くて、音は大きいけれど、ほこりまみれだった部屋がきれいになった。  なんとなく、すがすがしい気もする。  深呼吸したら、げほんげほん。咳き込んだ。  口を覆った手のひらに、「あれ」がいた。米粒ぐらいになっていた。  その頃から、なんだか周囲がきな臭くなった。  巻き込もうとする波がやってきて、一人が好きだから断った。  すると、全員に無視された。話しかけても、化粧室に行っても、いないように振る舞われた。  気にしないでいると、わざわざ近くにやってきて、舌打ちをしてきた。  そういえば、ゴミ箱の中身をデスクにぶちまけられたんだった。  片付けたら、また「あれ」が出てきた。  手を洗おうと、給湯室に行って気がついた。  両手の爪、ぜんぶに「あれ」が挟まっていた。  ゴミ箱から、いやな臭いがただよった。  足を踏まれて転んだ先にも、「あれ」がころころ、寄ってきた。  赤い目がひとつ、ふたつ、みっつ、ぽつぽつ出てきていた。目が合うとまばたきをして、動かなくなった。  つり革にも、エスカレーターにも。冷蔵庫にも、流しにも。  だんだん、近づいてきているようだった。  休みの日、実家へ帰って、庭で墓参りをした。  縁日に買ってもらった、真っ黒いうさぎ。  最初はかわいかったけれど、世話が面倒くさいし、飽きちゃったから道路に置いた。車にひかれて、ぐちゃぐちゃになった。かわいそう、かわいそう。嘘泣きをして、ごまかした。 つぶれなかった目でぎろりと、睨まれたのがわかった。  ごめんなさい。  線香と果物を供えて謝った。  おなかのあかちゃんも、みんなつぶれたの。  あなたもいっしょにいきましょう。  ニィ、と盛り上がった土の中から、赤い目が微笑んでいた。
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