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日に焼けた畳にもう薄くなってしまってせんべいの様に平らになってしまった布団。彼女が寝返りを打つごとに、そこから立ち上がる埃は朝日を受けてきらきらと輝いた。
夜に雨が降っていたせいか、開け放った雨戸から入ってくる空気は生暖かく、それでいて草木の匂いを漂わせる。
僕は寝床に伏している彼女の前に膝をつき、その息苦しそうに上下する薄い胸を見詰める。白い着流しと同じくらい彼女の肌も透き通るように白かった。
彼女は小さな木箱を僕に手渡した。袋にも入っていないそれは、まるで臍の緒でも入っているのではないかという程に軽かった。耳元にそれを寄せて振ってみるとからからと、いや、かさかさと言った方が正しいだろうか。紙が擦れる様な音がする。
「これは何かね」
「これは私の大事なものです」
「開けていいかい」
彼女は僕の言葉にとてもゆっくりと首を横に振った。こほこほ、か細い咳の音が部屋に舞い散る。その動きで彼女の長い黒髪がはらりと額にかかったのを見て、僕はそれを指先で払う。
彼女は肺を患っていた。畑仕事中に咳が出て、血を吐いて、街で唯一の医者に見せたら肺の病だと言われた。流行り病で、街でも何人も死人が出ていると。そしてそれに罹ると街から追い出されたり、家に火をつけられたりと散々な目にあうと。
幸い僕たちが住んでいるのは街というより、山の麓に近い場所で街からは少しばかり離れている。そのせいか、彼女が病に罹ってからも暮らしが変わる事は無かった。
「その箱は、私にとって人生です」
彼女はまた咳き込んだ。懐紙を手に取って口元を抑えると、目に痛いほどの赤い花が懐紙に咲く。山の麓に咲いている彼岸花の様だと思う。
「苦しいのなら、無理に喋らないでくれ」
「あなた、私と出逢った時の事を覚えていますか」
僕の言葉を遮った彼女はしっかりと僕の方を見ながら口を開いた。口元は先程の血液が擦れていて紅を引いた様だ。白い肌に浮き出た口元に視線がいく。
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