第1章

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 妻は、あの日から変わった。  第一子を妊り、幸せだった。しかし、あの夜――激しい陣痛の後の破水、そして子どもは――亡くなった。  その時は、彼女も涙を流していた。そんな妻の肩を、俺は抱き寄せた。  しかし、退院して間もなくのことだった。 「おはよー陸人、今日も元気でちゅねー」 陸人は、臨月に入った頃に二人で考えた赤ちゃんの名前だ。それを、空のベビーベッドに呼びかけていた。 最初は、彼女の好きにさせた方がいい――そう思い、放っておいた。いつか、なくなると思っていた。  しかし、それは違った。 「うわ、すごーい陸人!!よく寝返りしたね!!」 「そう、そう!見てみて、あなた!陸人、ずりばいしたの!!」 誰も食べない離乳食を作り、腕に滴るミルクも気にしない。気がつくと汚物入れの中には、汚れていないオムツが溜まっていた。 「あのさあ…………お前、死産したんだよな?」 ある日の夕食時、切り出した。 「え?どういうこと?」 空中にスプーンを付き出したまま、こちらも見ずに言う。横から少しだけ見える彼女の顔は、とても無邪気だ。 「だって、あの時、医者から聞いたろ?」 「何を?あなた、おかしいよ。病院行った方がいいんじゃない?」 その目は、純粋に心配している。一瞬言葉を失った。が、直後に閃いて俺は言った。 「わかった。その代わり、付き添ってほしい」  妻は、統合失調症だと診断された。  一週間の入院。死産から、一年が経っていた。 「陸人がね……。陸人が、聞くのよ……どうして僕を殺したのって…………」 「うん……」 「私、何もできなくて……撫でるしかできなかった……」 「うん……」  一歳の子どもはそんなに流暢に喋らない。やっぱり、妻は幻を見ていたんだ。  現実を知った妻は、どんどん痩せ細っていった。食事が喉を通らないらしい。一週間の予定だった入院期間は延長せざるを得なかった。  数ヶ月後、治療の甲斐もなく妻は死んだ。  葬式も四十九日も、無心のうちに過ぎていった。本当に悲しいときは涙すら出ないものだとは、よく言ったものだ。
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