【一章】

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「アポロンを殺しなさい。いえ、正確にはアポロンの姿をした化物と言った方が正しいでしょう。アルテミスやオリオン、ヘラが見た者は本来神界に存在してはいけない者です。魔導書には本来、死の理を覆すようなものはありません。しかし、何らかの理由で文律と効果をねじ曲げる事が可能な者もいるようです。アルテミス、アポロンはドゥルガーを討ち取って亡くなった事実を変えてはなりません。貴女の兄は今も昔も英雄であるべきなのです。このまま、放置すれば悪名が拡がるばかり。オリオンを助け、アポロンも解放して上げなさい。辛いかもしれない。それでも、私は貴女の手で最愛の二人を救って欲しいと思います」  あの禍々しい姿をしたアポロンはアルテミスの兄ではない。しかし、それ以外はアポロンにしか見えない。もう一度対峙した時、躊躇せず斬り捨てられるのか不安が宿る。オリオンとアポロンでは、大切の意味合いが違う。唇を噛み締め、即決出来ない自分を責めた。 「オリオンにかけられた呪術を完全に解く方法がわからないのであれば、根源である呪術師を討つのが最後の手だ。更に言えば、呪術は想いが強いほど、効果を現し、それは距離に比例する。オリオン、正直に言え。今日、何を買いに行き、何の目的がある?」  ヘラの鋭い視線がオリオンを刺す。空笑いをしたオリオンは頭をかくと何か言おうとして、止めてしまった。 「ヘラ様……、ここではちょっと」 「重要な事だ、隠せば隠すほど貴様の夢は消えてなくなる可能性が高くなる。いずれ、バレるのだ。早いか遅いかだぞ」 「……帳面を買いました。目的は……、思い出を忘れないため」 「えっ……?! 今、何て……」  オリオンの発言にアルテミスは耳を疑う。確かに今考えれば、兆候らしきものはあった。しかし、アルテミスにはそれがわからなかったのだ。 「やはりな、オリオンは既に記憶を蝕まれている。この呪術は距離に比例するが、あまりにも早い……。オリオン、何を思い出せない?」 「母さんの顔と……、親父の名前はもう……」 「……目覚めた時にはわからなかったか」 「はい……、話を合わせてました。でも、ロザナはまだ覚えているから忘れたくないと……」  進行の早い呪術に焦りを覚えたオリオンはせめてもの抵抗をしようとしていたのだ。忘れてしまう戦慄に恐怖していた。相手は知っていてもわからない感覚に違和感を覚えていたのだ。
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