【一章】

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「何で……、隠してたの? 何で!」 「よせ、アルテミス。オリオンの気持ちを考えてやれ。忘れる事で新しい記憶を書き換えていくと思われがちだが、正確には違う。忘れるというのは無くなっていくのではなく、記憶に埋もれていくのが正しい認識だ。だから、長く生きれば生きるほど物覚えが悪くなっていく。それを補う方法の一つが帳面に書く事での記録による記憶だ。しかし、オリオンの場合は呪術による急激な記憶の消去が行われている。こうしている間にも、オリオンの記憶は無くなっていっている。しかも、最悪なのは埋もれた記憶から消えていく点。古い記憶は人格を形成してきた根本だ。これが無くなれば、オリオンはオリオンでなくなる。オリオンの姿をした別物だ」  目が覚めた時、オリオンの目に映った風景、感じた匂いや気温はすぐに記憶と一致しなかったのだろう。必死に探して、アルテミスという存在で繋ぎ合わせた。それがほぼ毎日起きている事になる。いつか、記憶を橋渡ししてくれるアルテミスすら忘れてしまうかもしれない。それだけは避けたいとオリオンは思っていたのかもしれない。 「……オリオン。忘れないように今すぐにでも書きなさい。貴方が貴方である事が先決です。出来る事なら、覚えている全てを書き出し、新しい思い出をアルテミスと共に作りなさい。忘れそうになったら読み返して自分を保つのです。アルテミスはそれにひたすら耐えなさい。必ず、二人の姿を見たアポロンは貴方達二人の目の前に現れます。アポロンは苦しむ姿を見て、嘲笑いに来るでしょう。その時に決着をつけます。私とヘラは少しでもアポロンの出現を早めるため、手を打ちます」  ヘラやニュクスの力強い言葉に泣いてばかりいられないと気持ちを引き締める。それはオリオンも同じようで、いつもより真剣な面持ちをしているように見えた。 「ニュクス様」 「はい、ヘスティアの力を借ります」 「ヘスティア……、ですか?」  アルテミスはその名も姿も声も知っていたが、いい印象はまるでない。何故なら、アポロンの隣りはアルテミスの場所だったのをヘスティアが奪い取っていったのだから。 「アポロンはヘスティアへ想いを寄せていた。その想いを告げながらも亡くなったとなれば、彼は彼女に会いたくなって不思議ではありません」  ヘスティアはアポロンが想いを寄せていた相手。誰から見てもお似合いの二人だった。
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