美沙子の章

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私が「ランチの女王」サイトを利用し始めて、どれ位経つだろうか。 何年か前に実家に帰った時に、大学の友人の由美に会った。 昔からの友達との話しなんて共通の知人の噂ばかりだ。 話題が、あちこち飛ぶうちに秀幸がイタリアンレストランを開店した事を知った。 懐かしさや色々な思い出が急に蘇り、由美と別れてから、教えてもらった店名をすぐに入力して見た。 秀幸のレストランはすぐに見つかった。 店の情報が詳細に掲載されている。 メニューの内容やクチコミ読んだ。 その時はただ、「初めての男」の現在を知りたかっただけだったと思う。 しかし、地方には珍しく凝った内装やレビューでの評判の良さを知るうちに、黒い感情が生まれた。 あの時、秀幸は言った。 「何か、ちょっとそう言うの重いんだよね」 その言葉にどれほど傷つき苦しんだなんて、誰も知らないだろう。 若い季節の誰もが経験する、ほんのかすり傷。 私自身も自分にそう言い聞かせて血を流し続ける傷口を封印したつもりだった。 が、秀幸の成功を知り、そのカサブタは開いてしまった。 秀幸‥ 私の事が嫌いになったのならば、それでも良かった。 でも、私と誠実に向きあって欲しかった。 私を愛さなかったのは貴方の罪。 初めての女の子の身体と心を弄んではいけなかったの。 貴方の店の経営がうまく行かないのは「重いんだよね」の一言で私から遠ざかった罰。 秀幸、私の夫を見て。 不器用ながらも、私を一生懸命に愛してくれた人。 私に誠実に向き合ってくれた。 だからこそ、夫は今の幸運を手に入れたのだと私は信じている。 あんなに地味で目立たなかった夫は今、自信と言う名のオーラを纏っている。 それに引きかえ、秀幸の今の状態は何? 不況に喘ぐ田舎の食堂の店主。 昔、女の子の視線を一身に集めていた童顔だけど整った容貌も、すっかり窶れて見る影も無いと由美に聞いたわ。 きっと貴方はどうして、店が繁盛しないのか、毎日悩んでいる事でしょうね。 あの日、秀幸に捨てられて苦しんだ私のように‥。 答えの出ない問いに煩悶したあの日みたいに。 あの頃の何分の一かでも、貴方が苦しんでくれるのならば私は嬉しいわ。 これが、秀幸に対する私のお返し。
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