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俺は2度と足を踏み入れないと誓ったあの日と同じ墓標に肘を掛け、さっそく煙草に火をつけた。 一刻も早く死臭と汚水の臭いを紛らわせたかったからだ。 堀から漂う汚水の臭いが遠い記憶に触れる。 ガキの頃、生き方を変えるため街を飛び出した日のことが鮮明に蘇る。臭いが記憶を呼び戻すとは言ったものだ。 街から脱出するには高さ20㍍の壁から深水5㍍の堀にダイブし、幅30㍍はある汚水路を泳いで渡らなければならなかった。俺が生まれて初めて水に潜った場所、そして、自力で泳ぎ方を覚えた場所だ。 10年は経っているのにここから見える景色はあの頃のままだった。ただ墓標だけが無尽蔵に増えたように見える。 俺はまず、生死の確認のため、墓場からあの女を捜すことにした。 例え殺し屋と言えど、女が単身で好き勝手できる程、巴日倫市は優しくはない。 もし、死んでいるなら必ずここに運ばれるからだ。 街で仏に成ると、大抵は小舟で用水路を伝ってこの墓地に運ばれることになっている。 名前の刻まれていない墓標で煙草をもみ消し、少し先で墓を掘っている背の低い男の方へ足を向けた。
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