音色に恋して2

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「お疲れ~」 「お疲れ様っ」  ところどころで挨拶が交わされる。  すでに青空は顔色を変え、オレンジ色へと変化していた。  もう穹乃音楽大学内は今日一日を終え、残りは個々の練習の雰囲気が流れている。  そんな中、まだ黒江拓海のレッスンを受けている人が一人。  基礎中の基礎と言われる音階が室内に響く。  黒江は目を閉じながら置いてあるグランドピアノに両手を置き、その音階を耳に流し込んで脳の中で一音一音をチェックする。しかしその音階の一音一音、生徒が吹く度に眉間のシワがピクリピクリと動いていた。  そして生徒が音階を吹き終える。  それと同時に目を開け、だが態勢は変えずにチラリと視線だけを生徒に向ける。その視線に気付いているのかいないのか。生徒は、ふぅ、と息を吐き、どうでした?!という期待の満ちた目で黒江を見ている。黒江はその目はベッドの上でして欲しいと、生徒兼恋人である桜間祐介に思いながら、口を開いた。 「相変わらず下手くそ」 「う、」 「っていうかよぉ、」  黒江は眉間にシワを寄せたまま、ゆらりと立ち上がり腰に手を当てて。 「音階の一音一音の後がどうして揺れるんだよ!!」  怒鳴る。  それに桜間はキュっと目を閉じ、首から下げているサックスを抱きしめた。 「ゆ、揺らしているつもりはっ」 「お前、ちゃんと自分の音聴いてるか?!最初わざとビブラートを掛けてるのかと思ったぞ?!」 「でも黒江先生、前に音階の一音一音を意識しろって!」 「一音一音意識しろとは言ったけど、その一音一音を切れとか口を変えろとは言ってねぇだろうがっ」 「うー・・・」  桜間は見るからにシュンとし、見えない筈の犬の耳と尻尾が垂れ下がる。  内心その姿に笑いそうになったが、それを堪えながら「ま、まぁ、」と椅子に座った。 「タンギングは前より綺麗になったんじゃねぇの?」 「・・・っ!」  瞬間、ぱぁっと顔を明るくする彼はどれほど単純なのだろうか。でもそこが可愛いと思う自分もどれほど重症なのだろうか。  あのコンサートを境に恋人同士になったのだが、それから桜間は以前以上に素直になった気がする。きっと憧れていた人が黒江だったと分かったからだろう。どちらにしろ、素直な桜間を前に何も出来ないのは正直残念である。
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