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しかしこのレッスン室なら窓や扉ののぞき窓があろうとも、二人きりなことは二人きりだ。しかも学校が終わりに迫っているこの時間。手を出すことはいくらでも出来る。けれどここでキス以上のことで手を出すつもりはない。ここで手を出してしまったらきっと桜間は集中してサックスを吹くことが出来なくなってしまうだろう。そんなことはしたくない。真剣にサックスに向き合っているからこそ、彼が吹けなくて泣くようなことはしたくないのだ。
「黒江先生?」
「もっかい、今度はまっすぐ向こうへ飛ばすことを意識して吹いてみろ」
「はい!」
彼の吹くサックスが好きだからこそ、吹けなくなる状況にはしたくないのだ。
「はい、今日のレッスンはここまで。お疲れさま」
「ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をする桜間。録音機を止め、譜面台を畳み始める。
「なぁ祐介」
「はい」
それをボーっと見ながら黒江は桜間の名前を呼び、腕を伸ばして。
「今夜さ、俺の家に「お疲れさまーっす!」
バンと、いきなりレッスン室の扉が声と共に開き、ズルっと前のめりにこけた。
「かぁじぃまぁああ!」
「あ、お疲れさまっす黒江先生」
「竜先輩!お疲れさまです!」
ぱぁ!と表情を明るくする桜間に、尚更怒りが募る黒江である。
「お疲れ様じゃねぇよ!お前ノック無しに入ってくんじゃねぇってどんだけ言ったら分かるんだ、あぁ?!」
「あ、すみません、すっかり忘れてました!」
「忘れてましたじゃねぇええ!」
グランドピアノに置いてある楽譜を投げてやろうかと腕が勝手に動くも、何とか冷静にそれを止める。そんなことになっているなんて知らない桜間は笑顔のまま「竜先輩どうしたんですか?」と聞いてしまう。
(いま俺が先に喋ってただろうが祐介っ!)
内心でそう叫ぶが届くわけもなく。そして加嶋がいる手前、家に誘うことも出来ず。
「おう、頑張ってる後輩をラーメン食いに誘おうと思ってな」
「いいですね!」
「な?一緒にラーメン食いながら黒江先生の愚痴でも話そうぜ」
「おい、俺の目の前で愚痴るとか言うな」
つーか、加嶋。
黒江は手で顔を隠し、はぁ、と溜息をつきながら加嶋の名前を呼んだ。
「・・・なんすか」
「俺はまだコイツに用があんだ」
「へ?」
桜間は何だろうと首を傾げる。
「あ、じゃぁ竜先輩、あとで「隣りの部屋で曲聴かせたりするから遅くなんだよ」
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