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こんなに可愛い生き物に何もしないだなんて無理な話だと悪魔が囁くのを無視し「先に車の方に行ってる」とレッスン室を出て行った。
~ * ~
「く、黒江先生の家に来るのは久しぶりです、よねっ」
緊張が混じった声がマンションの廊下に少しだけ響く。その緊張が嬉しくもあり、けれど逆にそんなに緊張することかとも思いつつ、まぁ自分も似たようなもんか、と内心苦笑。でも出来るだけ穏やかな声で「そうだな」と返す。
そしてツーロック式の玄関の鍵を開け、閉める。そして、
「お邪魔しま、っ?!」
玄関の壁に桜間を押し付けた。
(まぁ、俺の場合緊張じゃなくて興奮に近いけど)
そんなことを冷静な自分が心中で呟くも、そんなこともうどうでもいい、と桜間の唇を奪った。
「ん、んっ、ぷはっ、黒江先生っ、なんですか、急に!」
黒江の顔をなんとか引き剥がした桜間は顔を真っ赤にして聞いてくるのに対し、黒江はもう舌打ちを隠すことなくして「可愛いお前が悪い」と一言だけ言い、また桜間に口付ける。
「ん、ふっ、んン」
壁に押さえつけながらのキスは何だか相手を自分のものにしたかのような錯覚を覚える。
だが、怖がらせたいわけでも、痛めつけたいわけでもない。
急な口付けに、元々キス慣れしていない彼だ。呼吸が追い付かないらしく、どこか苦しげで。黒江は少しだけ唇を浮かせ、呼吸をさせる。そして、
「鼻で息しろ、鼻で」
「で、も、苦しっ」
「じゃぁ、お前に合わせるから。口でも息しとけ」
「んっ、は、ぁ、ん」
触れて、離れて、舌で舐めて、絡めて、また触れて、でも離れて。
それを繰り返していると相手も慣れてきたのだろう。離れるとまるで、行かないで、というように追いかけて来るようになった。
それが嬉しくて、つい意地悪なことをしてしまう。
「慣れた?」
「・・・慣れ、ま、せん」
「もっと欲しい?」
「・・・・」
パクパクと口を動かす桜間に、額を合わせてクスクスと笑う黒江。
きっと彼は心の中で、なんて意地悪な人なんだろうと思っているだろう。だがそれでもいい。そんな自分でも桜間はサックスの音だけを頼りに俺を探し出し、そして好きだと言ってくれたのだから。
「もっと欲しいなら自分からしてみれば?」
「いじ、わるっ」
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