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いきなりグイと腕を引かれる。そしてそのまま黒江はレッスン室を出て、隣りの個室へと移動した。
「な、なんですか?」
隣りの個室はカーテンが閉まっており、部屋が暗い。目が慣れていない桜間は一体何の部屋なのか分からず、キョロキョロと見回すが、またグイと引っ張られて。
「んっ?!」
口付けられる。
前にも家に連れて行ってもらった時に口付けられたが、ここまで強引ではなかった。
「ふ、ゃ、っ、やだっ」
ドンと黒江を押し、なんとか唇を引き剥がす。唾液に濡れた唇を手の甲で拭いて「何、するんですか!」と怒鳴れば、舌打ちと共に逆に怒鳴り返される。
「お前は俺のモンだろーがっ!!」
「なっ、」
一瞬にして顔が真っ赤になる。しかし暗いこの部屋では気付かれる心配はない。
桜間はギュッと手の平を握りしめ「たとえ黒江先生でも、俺の交友関係まで縛る権利はありません!」と返すと、ダン!と何かを殴ったような音がしたかと思えば「っ!じゃぁ勝手にしろ!」桜間の横を通り過ぎ、部屋から出て行ってしまう。
「・・・・」
なんで。
「なんで、こうなってんの?」
桜間は大きく息を吸い、吐き出す。
―――頼むから、加嶋に取られないでくれ。
「全部、俺が悪いのかなぁ」
泣きそうになるのを必死に堪える。
別に悪いことを言った覚えはない。交友関係をどうこう言われる筋合いはないのだから。けれど、恋人としては?
相手にその気が無いとしても、もし黒江が別の生徒にニコニコ指導していたら腹が立つのではないか?
「・・・謝ろう」
どうして加嶋に対してここまで怒るのかは変わらないけれど、怒らせてしまったのは事実だ。もっと二人で話し合わないと。
「よしっ」
桜間はパンパンと頬を叩き、部屋から出て行く。きっと黒江はまだ車にいるだろう。荷物は全部そのままにして追いかけようとすると。
「祐介?」
「竜、先輩?」
何か黒江に用があったのだろうか、楽譜を持った加嶋と出会う。
先ほどまで彼についてのやり取りがあったなんて知らない彼は出会うなりいつもの笑顔を向けて「レッスン終わったのか!お疲れーって、どうした?」そう声を掛けてくる。
「いえ、なに、も」
けれど何かあったなんて言えるわけもなく。
桜間はそう言い、顔を背けるが、彼の優しい笑顔と声にホッとしたのだろうか、先ほど堪えた涙がポロポロと零れ出してしまう。
「わっ、祐介!」
レッスン室入るぞ!
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