有紀

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有紀

「ほら、早く行かないと遅れるよ」妻の有紀が声をかける。 「うん、行ってきます」僕は靴を履きながらドアチェーンを外す。 もう、全然起きないんだから・・・・。というお小言を聞きながら、マンションのドアを開ける。 丁度、隣の老夫婦が朝の散歩から帰ってきたところだった。いつも一緒にいる仲の良いご夫婦だ。有紀と、将来あのようなご夫婦になれればいいね、とよく話をしていた。 「おはようございます」と僕。 「あっ、おはようございます」に続けて迷ったように「この度は、大変でしたね。もう、会社ですか?」 「ええ、家にいても仕方が無いですし・・・」 何と言って良いか判らないという表情をして「そうですよねぇ」と言った。 「もう! 遅れちゃうよ」と有紀 「うん、判っている」と僕 「えっ?」と隣のご主人 「いえ、何でも無いです。では・・・」と僕。 ねえ、斉藤さん、なんだかおかしくない? あんなに泣いてたのに、急に異様に明るくなった気がする。 仕方が無いよ。きっと情緒不安定なんだ。そりゃ、ショックだよ。あんなに仲が良かったんだ。 やはり、少しおかしいと思われてるんだ・・・。 一週間前に妻を事故で亡くした。 会社へ警察から電話があった。僕は電話を受けるとそのまま勢いよく立ち上がって出口に向かった。 二つ隣の席の山岡陽菜が「どうしたんですか?」と驚いた声を出した。 その声で、少し離れた上司も気付き、「斉藤どうした!」と叫んだ。 「妻が事故に遭いました」
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