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葬儀
有紀はパートで生活を支えてくれていた。でも、15時には仕事を終え、夕食の支度をして僕の帰りをいつも待ってくれていた。その日も、夕食の買い物をした後、居眠り運転のワゴン車に後ろから跳ねられた。
葬儀は3日後の土曜日だった。朝から激しい雨だった。
葬儀というのは何故あんなに忙しいのだろう。
もっとも、僕らの歳では予め計画的に準備などしていないから、バタバタになって当然だ。
でも、そのおかげで余計なことを考えないですむ。どんなに悲しくても、動かなくてはいけない。
これはこれで悲しみを癒す一種のやさしさかも知れない。そんなことを考えた。
でも、バタバタの中でも、特に通夜で一人になった時など寂しさがぶり返す。
棺の側に付き遺影を見ていると「俊ちゃん」と有紀が僕を呼ぶ幻聴が聞こえ、その度に、もう、有紀がいないんだという現実が突きつけられる。
たとえ、幽霊でもいいから僕の目の前に姿を現して欲しかった。
葬儀が終わりになりかけた時に、葬儀社の人が、「あの~」と後ろから言いにくそうに話しかけて来た。事故を起こした相手の人が葬儀場の入り口に来ている、今葬儀中だからと断ったが、どうしても取り次いで欲しいと言っている、と伝えた。
僕はその瞬間、自分が座っているパイプ椅子を持ち出し、入り口に走って行きその彼に殴りかかろうとした。僕の異変に気づいた学生時代の友人が数人で飛びかかって僕を押さえてくれた。
パイプ椅子を振り回したので、意図せず友達にパイプ椅子を当ててしまった。
僕は押さえて(くれて)いた人を振りほどき、再度、殴りかかろうとした時、追いついた上司が僕を殴って止めた。仰向けに転んだが、めげず起き上がり、事故を起こした相手にパイプ椅子を振りかざした時に
「俊ちゃん、止めて!!」という有紀の声が聞こえた。
驚いて、振り返ると有紀が立っていた。
何故・・・? 混乱しながらも言った
「でも・・・」
「その人は、悪い人じゃない。とても苦労してるの。苦労して子供を一所懸命育ててるの。あの日も働き過ぎて,居眠りしてしまったの。」
「・・・」
「その人、林さんって言うの。とても後悔してる。だから許してあげて」
そのとき初めてゆっくり彼を見た。
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