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土砂降りの中、建物には入らず、外で土下座をして頭を下げている。
これだけ大騒ぎをしている中、身動ぎしてない。
おそらく、何をされても受けるつもりでいたのだろう。
「申し訳けありません。本当に申し訳ありません」振り絞るように彼は言った。
「・・・」
「大切な奥様を私が殺してしまいました」
「・・・」
「飛び降りようとしたと伺いました」
「・・・」
「なんて事をしてしまったのかと・・・、何の言い訳も出来ず・・・、本当に申し訳ありません」
怒りは消えなかったが、逆上した気持ちは、少しづつ静まって来た。
もう飛びかからないと確信したのか、みんなが僕から手を離していた。
「どのような事情でも、あなたを許すことなどできません。」
「・・・・」
「僕は僕自身よりも有紀が大切だった」
「はい・・・本当に・・・」申しわけありませんという言葉が力なく消え入った。
「許せませんが・・、でも、まだ、焼香できると思います。よろしければ・・・」僕はそう彼に言っていた。
その言葉で彼は初めて顔を上げた。
「ありがとうございます」
彼は泣いていた。
「よく言った。よく我慢した」上司が僕に言った。「すまん、痛くなかったか」と殴ったことを謝った。
「いえ、よく止めていただきました。大変な事をするところでした」
「とっさの事で、すまなかった。ところで、誰と話してたんだ?」
有紀を殺した相手を良い奴だというのはおかしな話だが、有紀の言う通り、彼は良いやつだった。
後々、彼は月命日には必ず手を合わせに来た。昼間に来られない時には夜に来ることもあった。僕が不在の時には、玄関前に花が置いてあった。
見た人によると、男の人が、ドア前に花が置き、長い間手を合わせていたと言っていた。
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