あの空が落ちてくるまでの四日間

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 青がいなくなった日常は彩りを失った。けれど、青の色だけは失わないように追いかけている。突然、海に行った。いつまでも空を眺めた。そうしていたら、青以外の色がどんな色だったか、判らなくなってきた。  青に会いたい。永遠を誓って、五年しか私の傍にいてくれなかった、薄情な青に会いたい。誓いのキスの重みを問いたい。喧嘩したい。仲直りしたい。もっともっと、一緒に居たい。一緒に笑っていたい。辛いこともあったろう、悲しみに泣くこともあったろう、そんな未来はもう無い。  青に会いたい。会って、怒ってやろう。私を悲しませたこと、私を惚れさせたこと、黙って逝ったこと。  私にとって最も身近な青色である、大空を眺めながらいつも青のことを考えていた。  人間は死に鈍感な生き物だ。生きているだけで、死はすぐ横にいるというのに、まるで自分を無敵だと思い込んでいる。自分の周りの環境は悠久であると錯覚している。緩やかに流れる時間と、繰り返す毎日が、まるでウイルスのように体に、脳に染み込み、死という概念を殺す。  それが幻想だと気が付けるのは、身近な人が亡くなったばかりの一時だけ。時間が経つとまたウイルスに侵される。最愛の夫を亡くしたとしても、私もじきに死を忘れてしまうかもしれない。  いや、既に現実が溶けてきている。死という概念が歪んできている。青は実はまだ世界のどこかに生きていて、今このときも同じ空を見ているのではないかと考える私がいる。  現実と非現実が真夏の太陽に照らされたアイスキャンディーのように溶ける。溶けるのを嬉々として眺める私がいる。どうしても、自分の心が苦しくないように、逃げ道を探して迷い込んでしまうのだ。  私は弱い。青のように強くはない。 「あお……会いたいよ」  堤防のなだらかな斜面に茂る草がさわさわと音を立てた。風が私の長い髪を靡かせ、頬をくすぐる。 「香澄……」  聞き覚えのある、低い声が風に乗って背後から流れてきた気がした。思わず振り返る。 「あ……お? なんで……?」  そこには、青がいた。澄み渡る青空からまるで落ちてきたかのように突然に、何の前触れもなく、青がいた。  私の中の現実が溶けて消える。
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