あの空が落ちてくるまでの四日間

4/12
前へ
/12ページ
次へ
 幻だと思った。ついにおかしくなってしまったと考えたとき、いやに冷静な自分の思考に気がついた。  近付いてみる。触れてみる。青の肩の辺りを強く押してみると、非力な私の力では押し返されてしまった。 「あお……なの? 本当に、あおなの?」 「うん」  青が、青の声で短く肯定をすると、私は感情が体の至る所から溢れてきて、それ以上声を発することが出来なくなった。  青が目の前にいる。葬儀も(おこな)ったし、先週はお墓参りに行った。それなのに青が目の前にいる。触れることが出来る。会話することが出来る。こんなに幸せなことがあっていいのか。  私の現実は、もうドロドロに溶けて、残ったのはアイスキャンディーの棒だけ。角のない優しい形をした肌色の棒。クルッと裏返すと、ひらがなであたりと書いてある。そんな気がした。  家までは徒歩で数分。涙が枯れるまで随分と時間を要したが、私は青と二人で家路につく。並んで歩くと、青が私の右手を握ってくれた。  里穂が生まれてから、私と青の手が直接繋がることは少なくなった。いつもあいだに里穂がいたから、懐かしい感触にまた涙がこぼれそうになる。 「お腹、空いてる?」  目尻に溜まった涙を左手で拭いながら私は青に聞いて、家の冷蔵庫に何かあったかと頭の中でその扉を開けた。まだ夜までは時間がある。 「とっても」  青の返事に、私は脳内の冷蔵庫の扉をそっと閉め、近所のスーパーに二人で行くことを提案した。しかし、青は私の提案に、小さく首を横に振って答える。  ふと、前方で何か重たいものが落ちた音と、短く切るような小さな悲鳴が聞こえた。何事かと思って青から音のした方へと視線を向けると、近所の仲の良い中年の女性が青ざめた様子で立っている。  あの女性は、青の告別式に来てくれていた。思わず、形を失っていた私の現実が、私の背中に冷たい刃物を突き立てる。そう、私の隣には存在し得ない人が居るのだ。  女性は落とした鞄を鷲掴みにすると、脇目も振らずに私の前から消えていった。女性がいなくなると、私はまた右にいる青へと視線を移す。青も悲しそうな表情を浮かべていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加