あの空が落ちてくるまでの四日間

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 私は青と二人で帰宅すると、青を留守番させて買い物へと出掛ける。どうしていいか分からなかった。ただ、これ以上、人目に触れさせてはいけない。愚かにも、第一にそう思った。  買い物を終えて、家に帰り、玄関の扉を開けようとしたところで、再び現実が嫌な汗と共に顔を出す。青は全部夢で、家に入ればいつもの日常が待っているかもしれない。  私が悲しみを乗り越えるまで、幼い里穂は父と母が預かってくれている。抱えた荷物はとても一人では食べきれない。幻覚に躍らされて、両手に青の好物をぶら下げて帰ってきた私は、なんて滑稽なのだろうか。  そんなことを考えながらも、恐る恐る私は家の玄関を開けた。青が居なくなったあと、靴箱に仕舞っておいた青の靴が、お行儀良く揃った姿で私を出迎えてくれた。それだけで、青が居るという幻想がまだ終わっていないことに安堵の息を漏らす。 「ただいまー」 「おかえり」  廊下の奥から私を迎えてくれる優しい声が返ってきて、私の背後に迫ってきていた現実が霧散する。  その日の夜、私は久しぶりに笑い、数日振りに怒り、そして数刻振りに泣いた。寝てしまうのが現実へ戻る扉みたいで、怖くなっていつまでも青と喋った。けれど、気が付いたら私は、既に夢のような時間を過ごしているというのに、さらに深い夢の中へと落ちていった。  朝の柔らかな陽射しがカーテンの隙間から漏れている。穏やかな朝なのに、似つかわしくない騒がしさで私は目を覚ました。ハッとして横を見る。青がまだ寝息を立てていた。  家の外が騒がしい。何事かと思ってカーテンを開けて光を部屋一杯に取り込む。あまりの眩しさに、青も呻き声をあげながらようやく目を覚ました。  窓を開けると外の話し声がクリアになる。ただ、その声は少しばかり冷静さを失っているようにも聞こえた。  ふと、太陽の強い光のわりに空が青くないように思えて、見慣れた空へと視線を仰ぐ。そこには、溶けてグチャグチャになった現実が、非現実と完全に一体になって鎮座していた。  青空というベースに、透明度を二十パーセントほどにまで絞ったレイヤーを重ねたように、家が、ビルが、道が、信号が、上下を逆さまにした街が空に透けてぶら下がっていた。目を凝らさないと見えないくらい薄いけれど、見覚えのある建物が散見される。さながらこの街が空という鏡に映し出されたような光景だ。
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