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島太郎がその男をたすけることになったのは偶然のなりゆきだった。
ガラの悪い無頼の衆に囲まれて、男が身ぐるみはがされようとしているところに、千鳥足の島太郎がたまたま出くわしたのだ。一見してまずい空気をさとった島太郎は、ゴシューショーサマと腹の中でつぶやくと、フランク・ミュラーに似せた安物の腕時計に目をやるふりをして知らぬ存ぜぬをきめ込み、ふらふらとその狩り場に背を向けた。
ふいにきらびやかな塊が、アスファルトをひっかく硬質な音を立てて追いかけてきた。それは島太郎の半歩うしろでとまった。左目の視界の端、自販機のあかりに照らされたそのなまめかしい物体。
本物のフランク・ミュラーだ。
たかりに励んでいる悪漢どもからのおこぼれにちがいない。
島太郎はすかさず左足をのばして靴の側面でそのお宝を確保する。内転筋に力をこめて引き寄せ、さりげないそぶりでそいつを右側へ蹴とばす。「あ、いけね」とあたかも落としものに気づいたかのようにやや億劫な空気を漂わせながら、地べたにくすぶるきらびやかな一点に向かって腕を運ぶ。
これら一連の動きで、どういうわけだか悪漢ふたりがはじけとんだ。
お宝を確保するためにじゃきんとのばした左足の安全靴が、戦利品を回収すべく狩り場を抜けて駆けてきた悪漢のスネにめり込み、まずひとり目がはじけとんだ。このひとり目を仮に〈悪漢その壱〉と呼ぶことにする。
まえのめりに崩折れた〈悪漢その壱〉に蹴つまずいて島太郎の右側に倒れ込んできたのがふたり目の悪漢――順を追って〈悪漢その弐〉と呼ぶ――だ。こいつの後頭部が、地を這う高級時計をつかまんとする島太郎の手掌に吸い寄せられるように合わさって、そのまま顔面を地べたに叩きつけられる格好へと相なった。ちょうどショーレスリングでいうところのフェイスクラッシャーの形である。
島太郎は軽く舌うちすると、突っ伏している〈悪漢その弐〉の襟首を指先でつまんで傍らへ放る。下敷きになっていたお目あての品を拾いあげ、親指の腹でよごれをはらう。
「なんだぁ、てめえは?」
男をとり囲んでいた一味のうち、不健康そうに目を落ちくぼませたやせぎすの輩が、ジャケットを両手ではためかせて島太郎をにらむ。
こちとらただのとおりすがり、派手なもめごとに発展させるつもりはない。
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