島太郎の恩

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 その場は島太郎なりにまるくおさめてから、なぶられていた男に肩をかして近場にあった一軒の店へ転がり込んだ。 「ありがとうございました。ホンっトにもう、たすかりました!」  男は乱れた着衣を正すよりも先に、ビールの注がれたグラスをひと息でからにした。  島太郎は黙って瓶をかかげる。  男は両手でグラスをもつと肩をすくめ、あごをまえに突き出すようにして会釈する。  島太郎は男に酌をする。  男は泡立つグラスのてっぺんにとがらせた唇を寄せて、じゅじゅっとすすってからそのまま大きく呑みくだす。「いやあホントもう、おかげさまで命拾いしましたぁ!」 「このあたりはまあ物騒なほうですから」 「ですね! オレ、はじめて知りました」男は再びいっきに呑み干すと、げっぷまじりのため息をつく。「ガイドブックなんかにけっこう明るい感じで載ってるんで安全だとばかり思ってたんスけど、こんなあぶないとこだったなんて」  島太郎がすかさず酌をしようとすると、男は小さく「あ、いや」と手を出してそれを制し、 「ここ、ハイボールちょうだい。ターキーで。……あ、やっぱジャックソーダにしてもらおうかな」とカウンターの向こうに声を投げた。  島太郎が手酌でグラスを満たす。 「つまみは? 何にします?」男がメニューを乱暴にひるがえしながら言う。 「わたしはけっこうですから、よかったらお好きなものをどうぞ」 「いやいや、オスキナモノドーゾって。別におごってくれるわけじゃないんでしょ?」男はタバコをくわえながらほほ笑む。「んじゃ、スパムサンドとジャークチキンとミックスナッツね」 「ごめんなさい、フードがもう終わっちゃいまして」店主がジャックソーダをコースターに置く。「あとうち、禁煙なんですよ」 「ミックスナッツは? 乾きもんもダメなの?」 「ええ、まあ……」店主は表情を変えない。「わかりました。いいですよ。ミックスナッツなら出せます」 「いやマスター、ご無理なさらないでください。今日はもう食べもの終わったんですよね。けっこうですから」島太郎が静かに言う。 「いやいやもらっときましょうよぉ。夜は長いんですから」男はカチカチとライターを鳴らしながら、島太郎の肩に手を置く。 「あの、タバコは――」 「わかってるよぉ、マスターちゃあん!」  男が小首をかしげて店主をにらむ。
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