島太郎の恩

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「くわえてるだけだろうが。どうせあれだろ? 都の条例がどーのこーのでビビっちゃったんだろ? 酒出すとこでタバコがダメだって、いったいどういう料簡なんだよ。そんなに健康に気ぃつかってるやつが夜な夜なこんな店にくるかよ!」 「まあまあ、そうカッカしないで」島太郎はグラスを干した。「わたしはこの一杯でお開きということで――」 「そんなあ、そりゃないですよアータ! ようやく腰をすえたとこだってぇのに」 「しかしお互いずいぶんと酔いがまわってるようですから」 「いやまあ、そうおっしゃらず、あなた命の恩人なんですから。……そうだ、オレとしたことが何やってんだ!」男はそそくさと名刺をとり出す。「申し遅れました。ワタクシこういうもんなんです」  島太郎が受けとった名刺には《乙竜グループ統括本部長 亀岡甲四郎》とある。 「今は本部である『クラブ乙竜』ってとこのマネージャー業が主なんですけどね。ま、基本は五百人からなるクルーをとり仕切ってるんです」 「ほお、統括本部長に、マネージャー……」島太郎はテーブルをさっと手ではらってから丁寧に名刺を置いた。「そんな方が、なんでまたこんなさびれた界隈に?」 「そりゃまあ、いわゆるひとつのフィールドワークってやつですよ」亀岡はせわしなくグラスをふって氷を踊らせる。「いろんなお店を、ぶっちゃけ偵察してまわってるんです。そりゃもう、いろいろ気づかされますよ。とりわけひどいとこなんかはね、目につくんですよ。ここいらじゃ許されるんだろうけどうちのグループだったら張り倒されちゃうよっていうようなポンコツなとこは」  声の棘に店主が固まる。 「だいたいね、こういう業界ってのはもっとホスピタリティってやつが発揮されてしかるべきなんですよ」亀岡が頬のすり傷や口もとの腫れを気にしながら続ける。「あれはできません、これはいたしかねます、なぜならそれがうちのルールだからですって、役所じゃねえんだから。店じゃあ客がルールですよ。客が吹かせる風を、オレらは帆をいっぱいに張って受け止めりゃいいんです。そうすることによって、店という船は業界の荒波をぐんぐんぐんぐん乗りこえていくことができるんです」 「うん、それじゃあこちらのお店は問題ない。精一杯のことをやってくださってます」 「いやいやいやいや、そんなフォローはいりませんって! アータほんとに満足ですか、ここ」
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