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「――なるほど」島太郎はテーブルに目を落とした。瓶、グラス、水滴。それからくしゃくしゃのおしぼり。「“そいつの支払いは”か……」
島太郎はその場で勘定をすませた。当然、ミックスナッツの代金も支払った。救急道具も引き受けようと申し出たが、
「いえ、いつうちで必要になるかわかりませんから、ここに置いとくことにします」と恐縮する店主にとどめられた。
「ごちそうさまでした」島太郎はそっと立ちあがると、亀岡のねっとりとした声をかいくぐって店を出た。
「いいよぉ、いちばん安いやつで。あ、それから半年やそこらで勝手に流しちゃダメだよ。いつこれるかわかんないんだから。あとさっきの勘定だけどね、こっちとくっつけて領収書ちょうだい。いいんだよ、一組様なんだから。あて名はこれで――」
「さあ、ここがオレのホームグランドです」
いつの間にか待機していた迎えの車に乗り込んで三十分ほどで『クラブ乙竜』に到着した。
そそり立つ白亜の宮殿。
「こりゃ見事だ」島太郎は王冠のような屋根を見あげてほほ笑む。「ちょっとしたドルマバフチェですな」
「ご名答!」亀岡が目をまるくして叫ぶ。「あんたすごいな! まさにそう、おっしゃるとおりだ。この建物、トルコのそのなんとかいう宮殿をモデルにしてるんです。いやあ、あなたさしずめインテリアですなあ!」
島太郎は苦笑を噛み殺して太い柱のあいだに立つ。頑丈そうな門がまえとは裏腹に、巨大な扉は音もなく開いた。案内されるままに進む。
建物に入ってすぐ、数段さがったフロアには一面、水が張られている。
亀岡が指を鳴らす。
両脇からライトアップされた水の柱が次々と立ちのぼり、前方に見えるサンゴ色のドアに向かって、幅一メートルほどの道が水をかきわけてせりあがってくる。
小躍りしながら進む亀岡のあとを追って水に浮かぶ一本の道を歩き、島太郎は開け放たれたサンゴ色のドアをくぐった。
腹に響くような重低音に迎えられる。
まず目にとび込んできたのは、天井から吊りさげられたブランコだ。そこではラバースーツ姿の女がアクロバットを披露しながら揺られている。
闇の中をいく筋もの光の束がさ迷い、目まぐるしいしくその形を変化させて空間をあおる。光に照らされた紫煙の波が宙でうごめく。
一見すると昔ながらのキャバレーのようなつくりのフロアだったが、よくよく目をこらして見ると、ボックス席がそのまま
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