1人が本棚に入れています
本棚に追加
ジャグジー風呂になっているところもある。中央の八角形のステージの上では半裸の女がなまめかしく舞っている。DJブースにはタキシードをまとったDJが直立不動でたたずんでおり、からみついてくる女どもには目もくれずターンテーブルに手を這わせている。
いつの間にかそばを歩いていた屈強な男たちに守られて奥のエレベーターまで進み、島太郎はVIPルームへと案内された。
それまでの騒々しさが遮断され、琴の音色が響きわたる。マジックミラーになっているものと思われる一面ガラス張りの壁から、さっき歩いてきたフロア全体を見おろすことができる。
琴の音がやむ。
「いらっしゃいませ」白いドレスに身をつつんだ妖艶な女がどこからともなくあらわれた。
「マダム、こちらがお話しした――」
「あら、こちらの方が?」紹介する亀岡を押しのけて、マダムと呼ばれた白いドレスの女は島太郎にそっと触れる。「あなたがうちのマネージャーをたすけてくださったのね。……お強いんですって?」
「そりゃもうマダム、十人相手にしてもビクともしないんですから」亀岡が拳をにぎっておどけて見せる。「あっという間にボコボコにしちゃいましたよ」
「まあ、そんなお強い方があちらの界隈にいらっしゃるなんて」
「それだけじゃないんです。このひと、なかなかのインテリアでして」
「インテリア?」マダムはさらに迫ってくる。「あら、お仕事は家具屋さんなの? それとも内装屋さんかしら。とにかくこのたびはこいつの命を救っていただいて、ほんとにもう、感謝してもしきれませんわ」
島太郎はすこしだけあとずさった。「いえ、まあ、わたしなりにまるくおさめただけですから」
そう。たしかにあのとき、島太郎は彼なりにあの場をまるくおさめた。
「なんだぁ、てめえは?」とにらんできたやせぎすの男に、島太郎は満面の笑みを向けた。
男は一瞬だけ豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに険のある面ざしをとりもどし、島太郎のほうへ向かってきた。
ノーモーションを装ってはいたが、拳が走る直前のステップでボクサー崩れだとわかった。サウスポーだ。ジャブが放たれる寸前、島太郎は間合いをつめて体をさばいた。のびかけた相手の右ひじを左の掌で突きあげる。同時に、右の拳は男の第九肋軟骨付着部をつらぬく。
やせぎすの男は〈悪漢その参〉として、地べたに這う先客のうえに崩れ落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!