島太郎の恩

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「おい、どうした!」亀岡をいたぶっていたブルドッグづらのずんぐりとした男が声を荒らげる。 「何邪魔してくれてんの、おにいさん」と猿顔の小男がうしろ手に光るものをちらつかせて歩いてくる。 「トルネード投法ってこんなだっけか」島太郎は右足を軸にして弓をひくようにじりじりと相手に背中を向けていき、いっきに胸を開いて右腕をふりおろした。手の中から放たれた高級時計が猿顔にぶちあたる。相手が悲鳴をあげてひるんだところへ安全靴の足刀を見舞う。当然、膝の皿の真っ正面を狙う。  鈍い音。血走った眼球と歯ぐきとがむき出しになる。声は出ない。のたうつ猿顔。〈悪漢その四〉はせわしない。  島太郎は、猿顔の顔面にあたってはじけたフランク・ミュラーをすぐさま拾いあげた。途端、どてっ腹に衝撃が突き抜け、首ががくんと波うち、受け身をとる間もなく後頭部に地面がぶちあたる。いいタックルだ。  仰向けになった視線の先には、ずんぐりとした男の脂ぎったブルドッグづらがあった。 「はあ、こいつぁ珍しいや。ブルドッグの馬乗りってやつをはじめて見たね」島太郎は腰をはねさせて脱出を試みる。ブルドッグづらはまるで動じない。島太郎は足の底で地面をつかんでは蹴とばし、あがいてあがいてあがきまくる。が、やがて抵抗もおさまり、身体がのびる。  ブルドッグはほくそ笑み、拳をふりあげる。  身体を反らしたことによって男の重心がほんのわずか、上体へ移動する。そのわずかな隙を突いて、島太郎がまたはねる。  ブルドッグは、逃がすまいと身体を前傾させる。  島太郎はひじと前腕で大地を漕ぎ、いっきに足のほうへと身体をすべらせる。顔面が、馬乗りになったブルドッグ野郎の股間にうずまる。くぐもっていて奴にはきっと聞こえなかっただろうが、 「これはスポーツじゃねえから、悪しからず」と断ってから、島太郎は目のまえのイチモツに食らいついた。  ブルドッグはたまらず跳ね起きた。いや、跳ね起きようとした。けれども島太郎ははなさない。 「わかったわかった、ごめんなさい」ブルドッグは股間を中心に身体を折り曲げ、うわずった声を発しながら島太郎の頭を指先で小刻みに連打する。「ごめん、まいった、まいりました!」  かくして〈悪漢その伍〉は撃沈した。  立ちあがった島太郎は壁に貼りついている亀岡に歩み寄る。「ケガは?」
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