7人が本棚に入れています
本棚に追加
その⑤
次に気がついたのは翌日の朝だった。まずは頭に手を置いてみた。こぶは鏡餅くらいのなだらかさになっていた。足は左の膝小僧から固定され包帯が巻いてあった。他は無傷のようでも右肩と右足を動かすと痛かった。床頭台の上にカバンが置いてあったのでベッド柵に頼りながら体を起こし引き寄せた。
財布の中身は現金700円、クレジットカード、銀行カード、免許書、保険書と、その他もろもろのがらくたは何一つ紛失する事なく揃っていた。
部屋にこもりっきりの私の生活はワイドショーや週刊誌やネットニュースを中心に回っていた。それはケツの穴が小さく、神経質でいてカオスな世界。もしその国の住人だったら、私は路上にほったらかされてイノブタに足を食われ、荷物を失っていた。そしてその姿はユーチューバーとかに撮影され、ワイドショーの話題にされ、その時の時勢の気分で同情されたり、笑い者にされたりしただろう。
けれどベッド上の私はそんなところに住んでいなかった。正体不明の神様、仏様、お天道様に「スイマセン」とだけ言っておいた。生命保険に加入していたのも思い出した。「お金の心配はしなくて済みそう」と思うと心底ほっとした。
紙コップに注がれた熱いお茶とホカホカの麦ごはんが運ばれた。それは「復活」の言葉にふさわしかった。カーテンは閉じられたまま。話し声もなく、各々が朝食を咀嚼する音だけが聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!