その①

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その⑨ 前日に看護助手が歯ブラシとコップを買ってきてくれて残金50円。下着も着替える服もないのでお金を降ろして買い物をすることにした。エスカレーターに乗ると、ベビーカーに乗った子供がいた。母親は携帯画面に夢中。もう一人、首にコルセットを固定した初老の男も乗り合わせた。子供と私の目が合い、私はおどけた表情を作って見せた。すると男が「気持ち悪りぃ顔して子供を泣かせんなよ」と、ぼそりと言った。そこで初めてこの顔はパンダみたいに可愛くないし、人を怖がらせているのが分かった。 病棟内で男患者が私を見てギョッとした表情になるのも、医者がオーバーテーブルをビシャビシャにした理由も氷解した。ホント、男って奴は女の美醜に関して単純すぎる。私は少しシュンとして買い物をし、その買い物が山値段だったので更に萎れた。(パンツ1枚800円!!)携帯持ってたら、通販出来たのにと、肝心なところにもケチケチした自分の生活を呪った。 部屋に戻っても賑やかなおしゃべりを上の空で聞いていた。すると、志村さんが「私がさ、入院する時は主人が車で送ってくれなくて、両手に紙袋抱えて、地下鉄の階段を痛い足を引きずりながら上ってきたの。途中で紙袋持ったまんま腰をさすって、出口が遠いなあって、ボンヤリしてたら人が避けてスタスタ歩いて行くの。私、ホームレスに見られているような気がして惨めだった」と言った。ヤマンバ風の志村さんが紙袋を抱えている姿が目に浮かび大笑いした。「病人の気持ちなんて、みんなそんなもんだ」と岡本さんがぽっつり言った。
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