その①

2/17
前へ
/17ページ
次へ
その朝私は超調子が良かった。前日の天気予報は雨。でもそれは外れ。ベランダからはたっぷりの日差しが射しこんで高原のような涼しい風が吹いていた。東京メトロのスタンプラリーに参加してハンコをゲットし、埠頭から旅立つ豪華客船を見送る計画を速攻立てて家をスタートした。 アパートから一歩、踏み出したところから幸運は始まり、歩く道すがらの信号はすべて青、バスや電車は私が来るのを待っていたかのようにドアを開いた。もし海に手をかざしていたら海も分かれて道を作ったに違いない。4駅くらいしか無理かなと思っていた駅も5駅回りスタンプを集められた。それでも出港時間より1時間近く早く送迎ターミナルに到着した。 階段を上り送迎デッキに行ってみると黒く、巨大な船が接岸していた。55年の人生で出会った一番大きな船。見ているだけなのに誇らしい気持ちが夏の雲みたくワクワクした。乗客はすでに乗り込んでいて映画のタイタニックな人々を想像してたけど、多くは年配者でどこか心細げで貧乏臭く見えた。「あたしなら、勝負服着てマハラジャのお立ち台気分で扇子でも振るのにな。そうだ、今日はこれだけラッキーだから帰りにサマージャンボを買って帰ろう。7億なんてどうすんの?5億くらいは寄付して後はマンション買って、豪華客船で世界一周して」と妄想にアゲアゲ気分をトッピングし満腹な頭は注意力を失っていた。 そして私はデッキにある階段に気がつかず15~6段の階段を真っ逆さまに落ちた。 とっさに「手すり!!」と右手を伸ばすも届かず、少しあきらめ気分があり「ゴンッ」と不気味な音がして何かが「終わったな」と悟った。 踊り場で大の字に転がった。起き上がろうとしても体は気が抜けたコーラみたいで痛みもなかった。空が青くて眩しくて目を瞑った。そのうちにサンバのリズムが聞こえてきて船が出港するのだと分かった。目を開くと船から投げられている色とりどりなテープが見えた。スーパーハイビジョンのテレビ画面みたく鮮やかで「きれいだな、死ぬのも悪くないかも」と思ったら意識が遠のいた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加