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その③
首にでっかい輪っかのようなモノが巻かれて首が動かせない。眩しい、寒い。たくさんの人々が動き回っているみたいだけれど確かめられない。寄せては返す波のようなトホホ。「病院かしら?集中治療室かしら?」と手足を動かしてみるも自由にはならなかった。その間にも「血圧が下がっています」「サーチュレーションが」との声が入ってくる。映画やドラマみたいでカッコイイ。
私はガヤガヤと検査室に運ばれ台から上げられ下ろされを繰り返しまた声のある部屋に戻された。「左右の足かと思ったけど、右の大腿骨は大丈夫」「空中ブランコじゃないよ」「うん」「ラッキーだったね」と話す声がした。それは自分に見る事の出来ない二人の男の会話だったけれど私の話だと思った。聞き耳を立てていると「連絡先を教えてください」とパキパキした女性の声がした。
その質問に答えられない自分がいた。両親はすでに亡くなり親戚付き合いもない孤独なオバサン。頼みの綱の「生前契約会社」の名刺をカバンから出してもらって「死んだらここにお願いします」と答えた。しばしの沈黙の後、女性は「入院手続きの書類にサインをお願いします」と言って1枚の紙とペンを差し出した。
私はろくに見もせずに「近松タカ」とフニャフニャな字を書いた。一寸先は闇、お先真っ暗って、ホントに景色は色を失う。でもこれが連帯保証人のサインとか白紙委任状の類ではなくて良かった。そのほかの事務的な質問にも何とか答えた。
頭がグルグルして汽笛が鳴り止まない。頭に手を置いてみるも焼き餅はちっともしぼんでいなかった。「漏れちゃったよ」と尿の温かさにしみじみしながらもまた、何かが「終わったかも」と悟って意識が飛んだ。
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