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骸骨は、壁谷(かべや)がいる入口に近いカウンターと、優奈が立っているレジを素通りして、トイレに向かって歩いていく。彼女は膝丈のキュロットから輪ゴムを取り出して長い髪の毛をひとつに縛った。緩慢な動きだった。肘の骨が突き出ていて、あれにぶつかったら痛いだろうなと優奈は思う。
「田中さん、ちょっと俺、レジ抜けるから」
壁谷がサインペンで素早く紙に何か書き殴った。そして、骸骨がいる場所を避けて棚で区切った隣の通路を駆けて行く。
彼の背中を見送りつつも、優奈の頭には骸骨の横顔が鮮明に浮かんでしまう。薄い皮膚を突き破って頬骨が出てきそうな顔。
突き当りにあるトイレのドアに、壁谷がA4サイズの紙を手早く張った。彼の横顔はわりと格好良い。
壁谷が体の向きを変えこちらに戻ろうとした時、骸骨と鉢合わせした。
「申し訳ありませんが、トイレはただ今故障中です」
申し訳なさそうな声ではない。ずいぶん平坦で愛想のない口調だ。優奈は意外に思った。
「今、故障中の紙、貼りましたよね?」
初めて骸骨女の声を聞いた。いやに鼓膜に引っ掛かる、ヒステリックな声だ。
「とにかく、故障中なのでトイレはご利用いただけません。申し訳ありません」
彼はトイレのドアから離れずに、彼女を追い払うように胸を張った。
「私に意地悪してるだけでしょっ?! 本当は壊れてないんでしょ」
「トイレをお貸ししているのは、あくまで当店の好意でやっていることで――」
「私は客よ! あとで水を買うつもりだし」
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