おに、おか、おと

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 四歳の自分がブランコを漕いでいるシーンだった。まだ三十代のすらっとした母親が背中を押してくれている。キャハキャハという甲高い笑い声と、ギィギィと軋んだ音が混じって流れてくる。優奈と母親の姿がクローズアップされていて、公園全体は映し出されていないが、古い公園だということは予想できる。地面を踏んだ足の近くにはシロツメクサが咲いている。父親の「その顔いいよ、可愛いね」という、ぼそぼそとした声が聞こえてくる。自分の顔が、楽しくてたまらないというように笑み一色に染まっている。 「おに、おか、おと――うさんも、こっち来て」  幼い自分が、父親を呼び間違えた。日ごろあまり接していなかったからなあ、と思い当たる。  銀行員だった父親は、優奈が一歳から三歳のころまで転勤で単身赴任をしていた。今住んでいるマンションにも母と優奈ふたりで越して来たのだ。父が銀行を退職したことで、優奈が四歳の時に彼との同居が叶った。だが、転職した先の証券会社でも父親は相変わらず忙しく働いていたので、平日はいつも家にいなかった。朝早く出勤して帰宅は夜中だった。遅寝遅起きだった優奈と会えるわけがない。自然とお母さん子になっていたし、母親を呼ぶことが多く呼び慣れていた。でも―― 「おに、ってなんだろう」  一回の言い間違いなら気にならなかった。スルーしていただろう。だが、四歳の動画を見終わった時には、違和感が生じていた。「おに」と言った回数、通算で十五回。多すぎる。 「おにって――」  角があるあの鬼? ――いや、まさか。 「おにいちゃん、とか?」  それもあり得ない。優奈はひとりっ子だった。  優奈は母のいる居間に向かった。気になったらすぐ行動に起こしたくなる。     
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