卑怯な果実

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   カフェを出ると、私は祖母に電話をした。  駅に向かって歩きながら、コールを待つ。祖母はすぐに応対した。少し世間話をしたあと、私は切り出した。 「おばあちゃん、ごめん。おじいちゃんのビデオのことなんだけど、実はこっそり持って帰ってきちゃったの。でもね、カビが生えてて再生できなかった。ただ、専門業者に頼めば直るかもしれない。もし直せたら、見たい?」  私は、そう聞いた。  祖母がなんと答えても、ビデオは見せないつもりだった。でも、土壇場になり、祖母の気持ちに動きがあればあるいは、とも思った。  祖母は勝手にビデオを持ち出した私を窘めることもなく、簡潔に答えた。 「見ないわよ」  きっぱりとした口調だった。  私はつい、どうして、と聞いた。すると祖母は小さく笑いながら答えた。 「だって、言いたいことがあるなら生きているうちに言えばいいじゃない。それをあの人、ビデオに残して言いっ放しで去っていくなんて卑怯だわ。その内容が、いいものであっても、悪いものであってもね。あの人の場合、死ぬまでに一切の時間が無かったわけでもあるまいし。死んだあとにあれこれ言われても、文句のひとつも言えやしないんだから卑怯だわ。ややこしいことを言われるのは、生きていたときだけで十分」  私はそれを聞いて、直感した。  きっと、祖母はこれまでの祖父との散々な経験の中で察していたのだろう。  祖父に愛人がいたことを。  そして残したビデオが、どうせよからぬ内容だったことを。全てお見通しだった。  全てお見通しで、祖父の最期の卑怯な告白を、知らぬ存ぜぬで通すことにした。  それが祖母の、祖父に対する最後の抵抗だった。 「おばあちゃん、おじいちゃんのこと好きだった?」  私はよく分からなくなって、そう聞いた。祖母は半ば呆れたように答える。 「嫌いよ。自分勝手で、ずるくて、あんなやつ大嫌い」  そして一呼吸置いて、こう答えた。 「……だから、そんなあの人を軽くいなせる、自分自身が好きだったのかもね」  
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