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「……実は私、ずっと昔、貴方のおじいちゃんのことが好きだったの。一方的な片思いだけどね。あの人も、私の想いに気付いていたと思う。だから亡くなったと聞いて、私に宛てて、何かメッセージが残ってないかななんて思ったの。あの人が会社で、特別私を気にかけてくれたことも感じてた。でも向こうはずっとずっと年上だし、その優しさは部下としての優しさだったことも分かってた。だから、私宛てにメッセージなんて、そんなのあるわけないのにね」
水森さんが、一口アイスティーを飲む。そして視線をストローに残したまま、ぼそりと呟いた。
「奥様、いい人ね」
おばあちゃんのことだろう。私は小さく頷いた。
「びっくりしちゃった。すごくよくしてもらっちゃったわ。あの人の奥さん、どんな人だろうってずっと思ってた。あの人からそれとなく話を聞いたときは愚痴も多かったのに、きっと謙遜だったのね。参っちゃった。かなうはずなんてないわ」
ふふ、と笑う彼女の顔は、過去を清算してすっきりとした表情のように見えた。
「本当にごめんなさい。貴方には嫌な思いをさせてしまった。忘れてね。昔、上司に恋をした部下がいた。ただ、それだけのことなの。……最近母が亡くなってね、この歳で恋人もいなくて、天涯孤独で……そんなとき、不意に彼のことを思い出してしまって。駄目な大人だわ」
彼女はアイスティーを飲み終わると、今日はどうもありがとう、と言ってレシートを持って去っていった。
最後まで完璧な立ち振る舞いに、私はつい両手でテーブルに肘をつき、息を吐いた。
「……嘘つき」
私は小さく呟いた。
ああ、でもお互い様か、とも思った。
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