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「さっきの人、誰?」
彼女が部屋に入ったのを見計らって、私は台所をそっと覗いた。
ツナギから着替えた祖母は、狙い通り桃を切っていた。四つばかりの丸々と熟れた大きな桃だ。薄ピンクの産毛が私を誘っている。
「昔おじいちゃんが会社でお世話になった人だそうよ。もう十二年経つけど亡くなったのを知らなかったそうでね。この間連絡が来て、お線香を上げに来てくださったの。まあ、おじいちゃん早死にだったから、まさかこんな早く、と思うわよね。千紗、桃頂いたから食べる?」
食べる食べる、と言いながら、私はまだ皿に盛りつけられていないままの一欠片をまな板から掻っ攫った。こら、と窘める言葉を無視し、口の中に放る。
おいしい。今採れたてのように瑞々しく、口の中いっぱいに甘さが広がった。
「おじいちゃんが好きだったのよ、桃。ほら、あんたの分はあとで持っていってあげるから、そこのお茶、仏間に持っていってちょうだい。これから桃とお菓子用意して持っていくから、それまで退屈させないようにお話してて」
ええ、と文句を言う私に祖母はお盆を押し付ける。桃やらスイカをもらっている手前断ることもできず、私はしぶしぶ仏間に向かった。
お盆に乗せたお茶を脇に置き、失礼します、と慣れない手つきで襖を開ける。
彼女は部屋の隅にある、祖父の仏壇に手を合わせていた。
線香の優しい香りが部屋に広がっている。タイミング悪く登場してしまった自分に後悔しながら、そのままじっとしていると、彼女はやがてこちらに目をやり優しげな表情を浮かべた。
不器用な手つきでお茶を出すと、彼女は静かに、ありがとう、と答える。
「お名前は? 何歳かしら」
「松下千紗です。十七です」
「十七才か、いいお年頃ねえ。私は水森友紀。おじいちゃんの会社の部下だったのよ」
余程お世話になっていたのだろうか。その目に薄っすらと涙を浮かべているように見えたが、それが気のせいかどうかは分からなかった。
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