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「……お前、なんで俺の家知ってるんだよ」
「職員室に忍び込んで探したんだよ。鍵はあるし」
「……それは犯罪だろ」
「じいさんは僕に甘いからね。そのくらい見逃してくれるよ」
「羨ましいことだな」
「そうかな、後継ぎがいないから逃がしたくないだけだよ。僕のことなんてそれくらいにしか考えてない」
思わず面を上げてあるのは想像していたような表情ではない。相変わらずの胡散臭い笑み。
「なあんてね、面白かった? 最近読んだミステリの話なんだけど。そのことに気付いた主人公がさ会社を乗っ取り復讐し始める物語」
「は……?」
「もしかして心配してくれた? 優しいね、雪原くんったら。僕嬉しいよ」
「な、そんなわけないだろ! 誰がお前なんか心配するか!」
「まあ、そうだよね、雪原くんいつも僕のこと睨みつけてたし」
どきりとした。確かにその通りだが、雪原だってそう頻繁に春日井に視線を向けているわけではない。故に見透かされているなんて思わなかった。
だからなのかもしれない。春日井がこんなことを始めたのも、嫌っている男を屈服させるのを愉しんでいるのだ。悪趣味なことである。
「そうそう、そんな感じで眉間に皺寄せてさ。跡付いちゃうよ」
額を撫でる指先に後ずさる。
「そう露骨に避けられるのは悲しいんだけど」
「どこがだ! お前、俺で遊んでるだろ!」
「あはは、そうだね、雪原くん分かりやすくて面白いし。どうせ、睨んでたのも何時も僕に一番取られて怒ってたんでしょ」
完全な回答に口を噤むしかなく、奥歯が軋む。
そんな雪原の心情など春日井が構うはずもなく、唐突に差し出された手に苛々と聞き返す。
「なんだよこれ」
「正解したんだしご褒美。手繋いでよ」
「なんでそうなる! 嫌に決まってるだろ!」
荒い語調と共にその掌を叩くよう拒絶して、ふと心が冷えた。春日井は雪原の弱みを持っているのである。顔色を変え伺えば、しかし、春日井はただ残念とだけ呟く。そして口先と全く対照的に笑うのだ。
「雪原くんってほんと」
その先の言葉は雪原には聞こえなかった。
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