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言わなくてはいけなかったことが次々と頭に浮かんでは消えていく。それでも、ぴんと張った糸に引かれるように頭を下げたままの塁を前にした晴行は、それらの言葉を何一つ口に出して言うことができなかった。
「槻橋のせいじゃない」
ようやく、それだけを絞り出すように言う。しかし、塁は顔を上げようとしない。
「もうひとつ、先輩に謝ることがあります」
「なんだよ」
「『咲田さんより仕事を優先しろ』だなんて思い上がった口を利いたこと。あの言葉、撤回します」
「へ」
「今回の件、本来なら俺がコトブキさんまで行けば済む話だったんですよね。そもそも受発注は俺の仕事なんだし、誤納品なんて、ちゃんと確認しなかった俺が全面的に悪い。でも俺じゃそういうトラブルにどう対応していいかわからないし、ましてコトブキさんみたいな難しい店、俺なんかじゃ余計に怒らせてしまいそうだし」
「おい、槻橋」
「俺が至らなかったばかりに、先輩に、咲田さんとの約束をキャンセルさせてしまった」
「そういえば、祐樹の奴はどうした?」
塁が、ゆっくりと身体を起こす。
「あの後、ここでしばらく俺とイベントの打ち合わせをして。その後ホテルに戻られました。先輩によろしく、って言ってました」
「そうか」
別れ際の祐樹の笑顔を思い出す。あの祐樹が、あのまま真面目に仕事だけして大人しく帰ったとも思えない。
「槻橋。お前、俺の代わりに飲みに誘われただろ」
「へ」
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